冨永愛(41)が12日、木村拓哉(50)がパーソナリティーを務めるTOKYO FM「木村拓哉 Flow」(日曜午前11時30分)にゲスト出演し、駆け出し時代の思い出を語った。
冨永はコレクションモデルになるため、17歳で単身渡米。ファッションウイーク期間中は1日15件ほどのオーディションを巡っていたという。木村から「差別はなかったの」と聞かれると、「ありましたね、当時。ファッションは欧米の文化なので、その中にアジア人が入ってくるのは非常にまれなこと」。中国や韓国のモデルと1つのアジア枠を争うような状況で「ニューヨーク、ミラノ、パリのファッションウイークの中で、アジア人が歩いていることは1人くらいだった」と振り返った。
コレクションモデルとなった後も、ブランドの要望に合わせて世界を飛び回る日々で「今日はLA、あさってはロンドン、その後はミラノ、その後はどこどこって。“ジェットセッター”(=飛行機で世界中を飛び回る人)ってやつですよね。今、自分がどの時間軸で生きてるのか分かんなくなる」と苦笑い。多忙は孤独を感じさせることも多く「めちゃめちゃ孤独でしたね。詰まるところは自分との戦いになる。孤独をどう消化して、仕事に向かうか」と語った。
木村が「でも、腐ったことはなかったんだ」と聞くと、冨永は「腐りかけたかもしれないけど、腐ってはいない。それは負けん気の強さがあったから。『お前ら見てろよ』っていう。差別もあったので。そこ(負けん気)があったから大丈夫だったと思う」。木村は冨永の強さに「当時のモチベーションが『お前ら見てろよ』っていう。いや~。好み」とシンパシーを感じていた。



