ドラマ「男たちの旅路」「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」などで知られる脚本家の山田太一(やまだ・たいち)さん(本名石坂太一=いしざか・たいち)が11月29日に老衰のため亡くなったことが1日、分かった。89歳だった。
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山田太一さんが亡くなった。今年62歳になった記者にとっては、40代にして清純派だった亡き八千草薫さんに不倫役をさせた1977年(昭52)のTBS「岸辺のアルバム」。そして中井貴一(62)手塚理美(62)柳沢慎吾(61)高橋ひとみ(62)といった“同級生”が多数出演した、83年の「ふぞろいの林檎たち」が懐かしい。
そんな思いを抱きながら、最後の連続ドラマ執筆となった、09年1月期のフジテレビの連続ドラマ「ありふれた奇跡」の放送時にインタビューさせてもらった。
山田さんは「私でいいの?」と断りながら、仲間由紀恵(44)と加瀬亮(49)主演のドラマについて話して話してくれた。97年のTBS系「ふぞろいの林檎たちIV」以来、12年ぶりの連ドラ。「岸辺のアルバム」「ふぞろい-」、そして92年のTBS系「丘の上の向日葵」と、ごく普通の人々の日常を丁寧に描いて、陰の部分を浮かび上がらせてきた。
「ありふれた-」でも、互いに自殺しようとした過去を持つ仲間と加瀬演じる2人の男女が、その父親たち…“アラ還”になっていた岸部一徳(76)と風間杜夫(74)が女装クラブで会ってしまうシーンがあった。山田さんは「『人間って何かしら隠しているもんだ』。(ロシアの劇作家)チェーホフの言葉がある。そういうものを出したかった。2人ともなかなかの美人らしい(笑い)。素人がちょっとというレベルではないみたい。それがドラマの楽しさだと思う。連ドラは若い人向けじゃないと商売にならないと言われるけど、こっちは中年から老年にかけての問題、素材がある」と話した。
同ドラマには、仲間の祖母役で、当時78歳の八千草薫さんが出演していた。その32年前に「岸辺のアルバム」で家族に隠れて不倫する妻を演じさせたことを問いただすと「アハハハハハ…。八千草さんは、非常に安定していらして、プロですよね。今回の役だって、くっきりと自分の演技の意図が見えてくる。ひとつのセリフを前後を考えないで言う人がいるけど、そういうことはしない方です」とプロフェッショナルへの信頼を口にした。
“企画あって脚本なし”と言われるようになり、漫画原作が増えているドラマ界についても「これは、この人しか作れないという個性が欲しい。原作よりドラマの方が良かったと言わせればいいんですよ。ただ、ベストセラーに乗るだけじゃなくて。脚色でもちっともかまわない。いい小説を脚色すると闘うでしょ。その小説を『立ち上がらせる』ということなんです。すごく勉強になります」と脚本家としての矜恃を見せたこともあった。
ドラマの魅力について「“人間についての発見”みたいなものがあるのが、僕は一番おもしろいな。ああ、そうだよね、人間ってそういうところあるよねって。うんと前衛的なことをやるのではなく、普通に見ていただいて、1人の人間の別の面ね」と笑顔を見せてくれた。
ドラマの中で“ごく普通の人々”に向ける優しさは、現実でもその通りだった。裏方のスタッフの金銭的な待遇が悪いことに「いかに才能に恵まれていても、疲れていて、忙しければ、一生懸命になれなくなる。むしろした支えの人を大切にしなければいけない」と提言していた。
1958年(昭33)に松竹に入社。師事していた木下恵介監督がテレビ界に映ったことに従い、ドラマの脚本を書くようになった。テレビを愛し続けた人だった。「小説を書いたり、演劇をやったりしたけど、やっぱり僕は、テレビで育てていただいたと思いがある。テレビを見捨てたという姿勢だけは取りたくない。ずっと、一生懸命やりたいんで」と“テレビマン”であり続けた。
当時、74歳の山田さんは「この作品が最後の連ドラ」と決めて執筆に臨んだ。「テレビドラマから離れるわけじゃない。僕らの世代になると死ぬのはともかく、倒れることはあるかも。今年6月には75歳、後期高齢者ですから。連ドラで途中で倒れると、すごく迷惑をかけてしまう」と体調にも気を付けていた。
インタビューの最中に、街中で山田さんを見つけた時のことを話した。東京・銀座4丁目、三越前の交差点で信号が変わるのを待っていて、ふと隣のおじさんを見ると山田さんだった。巨匠はカーキ色のステンカラーのコート着て、ごく普通に歩いて行った。「おお、山田太一だ」と口に出したくなるのをグッと押さえて、後ろ姿をずっと見送った。「後をつけたんじゃないよね。変な店に入っていたんじゃないよね」と笑ってくれた。
14年に83歳で亡くなった高倉健さん主演のNHKドラマ「チロルの挽歌」(92年)。77年のTBS系「あにき」以来、15年ぶりのドラマ出演とあって、前年6月の製作発表には200人近い取材陣が殺到した。希代の映画スターは「お声がかからないのに、こちらから出たいと言うわけにはいかない。脚本が素晴らしい」と“山田脚本”にほれたことを出演に至った動機としてあげた。
14年には東日本大震災後の東北の家族を描いた、テレビ朝日系のスペシャルドラマ「時は立ちどまらない」の脚本を担当した。その30年前の若き日に「ふぞろいの林檎たち」に出演して大ブレークした中井貴一は「経験を積むほど、山田先生の脚本は難しいと感じるようになる」と奥深さを口にした。
言葉のプロである脚本家の先生たちは、インタビューでも言葉巧みに語ってくれる。“先生”と呼ぶか迷うことも多いのだが、大御所でありながら、ごく自然に「山田さん」と呼ぶことができた。作品の登場人物のように“ごく普通の人々”の雰囲気を持ち続けていた。ご冥福をお祈りします。【小谷野俊哉】
◆山田太一(やまだ・たいち)本名・石坂太一(いしざか・たいち)。1934年(昭9)6月6日、東京都生まれ。早大卒業後、58年に松竹入社。木下恵介監督に師事する。65年退社、フリーのテレビドラマ脚本家に。74年TBS「真夜中のあいさつ」で文化庁芸術祭大賞。83年「日本の面影」で向田邦子賞。85年TBS「ふぞろいの林檎たちII」などで菊池寛賞。88年に小説「異人たちとの夏」で山本周五郎賞。91年に映画「少年時代」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞。映画、舞台も手がけ、小説家としても活躍。「異人たちとの夏」は、イギリス映画「All of us Strangers」として2024年に公開予定。



