歌手の小野リサ(61)がデビュー35周年を迎えた。

先日、歌番組のカバー特集でユーミンの「あの日に帰りたい」を歌っていたが、この人ならではのアレンジにほっこりとさせられた。ボサノバひと筋が染み込んだ味わいは誰にもまねができない。

10周年、つまり25年前にインタビューする機会があって、ボサノバの申し子のような半生に感銘したことを覚えている。

ボサノバの父と言われたアントニオ・カルロス・ジョビンともこの人は面会している。このインタビューの5年前のことで、67歳だったジョビンはその数カ月後に亡くなっている。

「彼の家を訪ねた時に不思議な体験をしたんです。窓辺のピアノのそばに大きな木が生えているんですが、彼がピアノの前に座ると『七色のサイーラ』と呼ばれるきれいなトリが集まってくるんです。彼がピアノを弾くとピヨピヨとさえずる。私が歌うとトリの声はまるでコーラスのように聞こえたんです」

情熱的なサンバのリズムに西欧のハーモニーが加わったボサノバがブラジルで誕生したのは66年前。比較的新しい音楽だからこそだが、その創始者との神秘的な体験には驚かされた。

父親がライブハウスを経営していた関係でブラジル・サンパウロに生まれ、そこで10歳まで過ごした。

「父の店ではひっきりなしにミュージシャンが出入りしていて、子どもだから夜は店にいられなかったんですけど、リハーサルのときはいつもじっと聴いていましたね。ブラジルの小学校には音楽の授業がないんです。きっと街に出れば、いろんな音楽が流れていて、それが生活の一部になっているからだと思います。近所には必ずギターのうまいお兄さんがいて、いろんなことを教えてくれた」

10歳の時、両親の帰国に伴って初めて日本の土を踏んだ。

「好奇心が先に立って、環境の変化でつらい思いをしたという記憶はありません。でも、日本に来てブラジルへの懐かしさを実感したからボサノバを歌おうという気持ちになったんだと思います」

父親が東京・四谷にブラジル料理とライブ演奏の店を開いていたので、16歳の頃からライブに参加するようになった。

89年にアルバム「カトピリ」でデビュー。インタビューの1年前に発売した10枚目の「ボッサ・カリオカ」は節目にふさわしい作品だった。

「ジョビンさんのお子さんのパウロ、それからお孫さんのダニエルと共演して『ワン・ノート・サンバ』『イパネマの娘』『黒いオルフェ』…代表的な曲ばかりで、私としては集大成的なアルバムになりました」

一転、スタンダードジャズをアレンジした11枚目の「ドリーム」では、収録曲の「ムーンナイト・セレナーデ」がCMソングとして注目を集めた。

以来「まるで旅のように」世界のさまざまな音楽に幅を広げてきたが、35周年の今も、その根幹には「体の一部のように」ボサノバがある。【相原斎】