SUPER EIGHTの安田章大(42)が15日、森ノ宮医療大学(大阪市住之江区)で特別講演「患者になって見えた医療のカタチ-未来の医療人へ伝えたいこと-」を行った。自らの闘病体験を語り、医療人を目指す学生にメッセージを送った。
安田は17年2月、良性の脳腫瘍(しゅよう)「髄膜腫」の摘出手術を受け、療養を経て復帰した。現在も後遺症と向き合いながら芸能活動を続け、自らの経験をもとに病気への理解を広げる発信にも取り組んでいる。この日は、患者として医療従事者と接する中で感じた思いや、闘病によって変化した人生観を語った。
32歳の時、軽いめまいや頭の圧迫感、平衡感覚の異変を覚え、初めて脳ドックを受診した。「何もないことを確認して安心しようというぐらいの感じだった」というが、MRI検査で前頭葉に約8センチの髄膜腫が見つかった。当時は5月から舞台を控えており、発見から間もなく約12時間に及ぶ手術を受けた。
手術は成功し、10日間で退院したものの、その後は光の刺激による発作や手足のしびれ、めまい、平衡感覚の異常など、さまざまな後遺症に苦しんだ。大好きだったスキューバダイビングもできなくなり、「すべてのバランスが崩れた」と振り返った。
回復は決して一直線ではなかった。自宅で少しずつ、それまでできていた動作を取り戻していったという。左側の頭皮には今も感覚が戻っていない部分があり、頭頂部の痛みも残っている。
身体だけでなく、心も大きく揺れた。「病気をしてから6、7年は、とにかくずっと泣いて、怒って、叫んでばかりしていた」と明かした。それまで当たり前にできていたことができなくなり、「どう生きたらいいか分からない」時期が長く続いたという。
それでも、闘病の日々を経て、命や人生に対する考え方は変わった。「息をしているだけで楽しい」と穏やかに語り、「何かをして楽しいということではなく、ただ生きていることを実感するのが楽しい」と説明。嫌なことや苦しいことがあっても、うれしいことも必ずある。人生には良い時期と悪い時期があり、それを繰り返しながら生きていけると受け止められるようになった。
人の目を意識して「あるべき姿」を追い続けてきたが、病気を境に「人からどう見られるかではなく、自分がありたいようにあった方がいい」と思えるようになったという。さらに、幼い頃から胸にあった「他人の幸せが自分の幸せ」という思いにも、改めて向き合った。
「だれかのために生きたい」。病後、その気持ちはより明確になった。芸能活動を続ける理由について、自身の経験や言葉を多くの人に届けられる場所だからだと説明した。病気を「授かり物」と表現し、その経験があるからこそ果たせる役割があると語った。
入院中には、看護師をはじめとする医療従事者の真心あるケアに救われた。患者の不安に冷静に向き合い、焦らせず、近すぎず遠すぎない距離で寄り添ってくれたことが大きな支えになったという。「病気をしても、支えてくれる人が病院にいると思えることが大きい」と実感を込めた。
最後に、未来の医療人を目指す学生たちへ言葉を贈った。患者と医療従事者は立場こそ違うが、その前に「人と人」だと強調。「病気がきっかけかもしれないけれど、ご縁があって会えている。そのことにフォーカスを当てて、人と対峙(たいじ)してもらえたら」と呼びかけた。
さらに、患者が心の距離を取った時も、同じように離れるのではなく、「その場で立ち止まって待つ」ことが大切だと説いた。「僕の言葉が絶対的な正解ではないですけど、みなさんの1ページに忍ばせてくださっていたらうれしい」。自身を支えた医療への感謝を込め、学生たちの将来に願いを託した。



