十三代目市川團十郎と八代目新之助の親子同時襲名を正面から捉えたのが「襲名」(25日公開)だ。初のドキュメンタリー映画に臨んだ三池崇史監督(66)に聞いた。

20年5月に予定されていた襲名はコロナ禍によって22年10月に延期された。映画はこの間の覚悟と葛藤を見つめている。

初めてドキュメンタリーに臨んだ理由を監督は縁だという。團十郎(48)は15年前の「一命」を皮切りに3本の三池作品に出演。11年前には新作の「六本木歌舞伎」を監督が演出した。

「僕は出演者と距離を詰めていくタイプではないので、最初に出会ったときの俳優と監督の関係をずっと続けてきた感じです。次の機会にお互いを必要とするか、というだけの。だから、小細工なしの真っ向勝負でその芸を記録しようと思いました」

舞台の撮影は歌舞伎座をフルに使い、最新機材とそれを使いこなすスタッフによって臨場感のある映像に記録した。

「最初に『勧進帳』を通しで撮って。もうこれだけで十分という気さえしましたね。『助六』は舞台上に上がるまでをリアルタイムで追いました。映画的にははしょるところなんですが、あの『間』をそのまま味わってほしかった」

新之助(13)が、二代目團十郎によって初演された「外郎売」に挑むくだりには伝統と継承の色合いをにじませた。

「十二代目、つまりおじいちゃんが今の形にしたものを、実は会ったことのない新之助が演じることで、その伝統に気付いてもらえたら。それが確かな継承、襲名なんだ、と」

私生活を深追いすることはしなかった。

「そちらは本人のSNSやテレビがあるので、そっちの方で見ていただきたい。そこに踏み込むと、(被写体が)カメラを意識することになるし、その代償として感動的にしなくちゃいけなくなる。美化する義務のようなものが生まれてくる。それは避けたかった。見る人には團十郎と新之助の芸に正面から向き合ってもらいたい、と。淡々と追うことで襲名の重みが伝わると思いました」

11年前に新作歌舞伎を演出したことで、歌舞伎俳優ならではの「能力」も実感した。

「あの人たちは3日間の稽古でその舞台すべてを身に付けちゃう。苦労しているところは見せない。昨日まで(台)本を読んでいたのに、翌日には全部それが(頭に)入っている。僕ら映画人からしたら考えられない。あり得ないという常識を持っているから僕らにはできないけれど、彼らにはそれが常識だからできるんですね。子どもの頃からできない、じゃなくてやる。だからできちゃう。僕らは常識に縛られているからできないんだと。それが歌舞伎と出会った時の一番の思いでしたね。脈々と受け継がれるとは、そういうことなんですね」

「一命」で初めて團十郎と顔合わせしたときの驚きは忘れられない。

「ある後半のシーンで、演じてほしい表情を説明するときに『1カ月前に撮った場面の役所広司さんがした表情をしてもらいたい』とお願いしたんです。そうしたら、う~んといいながら、相手のセリフも動作も全部、まるで落語のように再現しながら『あっ、あの顔ね』と。僕らの中でもきっと頭のどこかに残っているんだろうけど、それを検索して引き出すという特別な能力があるんですよ。歌舞伎脳なんですね」

芸に身をささげる一方で、私生活の自由な生き方も魅力に映った。

「けっこう好き勝手に生きてる。最初に海老蔵(当時)に会った時もそれを感じました。こんなにやっかいで扱いにくい人間はいないと(笑い)。でも、真剣だし、立ち姿はすっと様になる。魅力があった。すごい男なんですよ。今、映画の俳優さんたちは基本的にルールを守れる人たちがいい人。その中からいい役者を探す。今だったら、丹波(哲郎)さんなんて絶対ダメなんだけど(笑い)。歌舞伎ってちょっとそこから外れる。『傾き』の伝統を受け継いでますからね。旧来の役者の魅力を持ち続けている。ま、今は世間の目があるから、限界がありますけど」

「襲名」はベネチア映画祭にも招待され、国際的な注目も集めた。

「きっと気になっていただろうけど、完成するまで(團十郎は)1度も映像チェックをしませんでしたね。完成品を見て、ただ『こうなったんだ』と。目が熱く潤んでいるのが分かりましたけど」【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

(C)2026 K2 Pictures・3Top
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