岸田文雄首相と甘利明・前自民党幹事長
岸田文雄首相と甘利明・前自民党幹事長

4年ぶりの政権選択の機会となった衆院選は終わったが、戦いの決着がついても、与野党ともに混乱、バタバタが続いている。

自民党は、1カ月前に党ナンバー2の幹事長に就任したばかりの甘利明氏が衆院選で、党史上初めて「幹事長の選挙区敗北」というみっともなさから辞意を示し、岸田文雄首相も替えるほかなく、茂木敏充前外相を幹事長に据えた。

思えば、この1カ月あまりで、自民党の幹事長は二階俊博氏→甘利氏→茂木氏で、3人目だ。在職期間が5年を越え、「1強幹事長」を担った二階氏が安倍&菅政権で君臨してきたが、岸田氏が幹事長の任期制を掲げて党総裁選に打って出たことを機に、党内政局が始まった。これまで手を携えてきたはずの菅氏が「二階切り」に走ろうとして、事態はますます混乱。党内の絶妙なバランスを保ってきた重し(二階氏)を外せば、当然バランスは崩れる。菅政権崩壊のきっかけとなった。

総裁選を経て新しい幹事長に就任したのが、甘利氏だった。直接、権力の座にはいないにもかかわらず影響力が取りざたされる「3A」の一角かつ、岸田氏の総裁選を支えた功労者。わかりやすい論功人事ではあったが、第2次安倍政権時代の16年1月、経済再生担当相辞任に発展した「政治とカネ」の問題がくすぶったままで、今回の選挙では「落選運動」を起こされる事態にもなった。

権力が交錯する政治の舞台での人事は、「センスと政局観」がものをいう。2つのハーモニーがそろっていないと、危うくなる。幹事長人事に関して、甘利氏の起用は、別の人物が念頭にあったとされる「安倍氏のご意向」に反した格好の岸田カラーではあったが、結果論としては「あの時、違う人を選んでいたら…」の典型的なケースだ。

新幹事長に就任した茂木氏は、総裁選で派閥を岸田氏支援でまとめた旧竹下派の事実上トップ。旧竹下派といえば、ここしばらく総裁派閥から遠ざかっているが、古くは旧田中派の流れをくむ元祖・主流派閥だ。茂木氏は安倍氏や麻生氏の「2A」とも関係が良い。党内基盤安定化を優先した人事なのは間違いない。

岸田氏は「幹事長敗北」という大ピンチを現実的な判断で乗り切ったが、組閣に当たって「派閥均衡」と指摘された閣僚の中には、甘利氏同様に選挙区で敗れ比例復活した人もいる。「センスと政局観」が大事な人事手腕で、のっけからいささか不安な側面を露呈したのは否めない。

テレビ局のインタビューに答える立憲民主党の枝野代表(撮影・たえ見朱実)
テレビ局のインタビューに答える立憲民主党の枝野代表(撮影・たえ見朱実)

一方の野党。立憲民主党が公示前議席を20近く減らし、枝野幸男代表は責任をとって代表を辞任することになった。前回の衆院選直前、小池百合子都知事による「排除発言」に対抗して結党し、世の同情論も追い風にして第1党を勝ち取った「創業者」だ。辞任には、創業者としてのじくじたる思いもにじむが、立民の系譜にある旧民主党時代からこれまで、枝野氏を含めて同じような顔ぶれが主要ポストをたらいまわしにしながら、党の体制を変え、新しい人材がいるはずなのにいないように見える、残念な対応が続いてきた。今回、後任代表に名前が挙がる人は、若手や中堅が多く、見慣れない顔ぶれの半面、ここでドラスチックに「党の顔」や体制が変われば、反転攻勢に向けた足がかりが築けるかもしれない可能性もある。その覚悟が示されるかどうかが、問われるチャンスになると思う。

一大政治決戦だった衆院選は終わったが、永田町で話を聞くと、多くの人から来年の参院選が終わるまでは気を抜けないという声を聴いた。自民党は2007年に参院選で第1党を旧民主党に取られてから首相の1年交代や野党転落が続き、衆院と参院の勢力が「ねじれ」る混乱が続いた。07年参院選に敗れた安倍氏が、13年参院選でねじれ状態を完全に解消するまで、実に6年もかかったのだ。

来年の参院選までは、もう1年を切っている。1つの政治決戦が終わり、また新たな決戦が始まる。【中山知子】