岸田文雄首相と「おみやげ」。この2つのキーワードが再び、結び付き合うことになるとは思わなかった。今年1月に長男の翔太郎秘書官の外国訪問同行時の「おみやげ選び」で批判された岸田首相。3月21日に電撃的に行ったウクライナ訪問で、ゼレンスキー大統領に渡した手みやげ「必勝しゃもじ」の妥当性をめぐり、賛否が割れている。

G7の国の首脳としては最後のウクライナ訪問。ウクライナと日本の距離的な側面、「首相動静」で一挙手一投足がウオッチされる立場を考えると、しんがりになったのは致し方ない側面もあった。今年は日本がサミット議長国で、サミット前には必ず訪問を実現させなければならないと、並々ならぬ意欲と、強い焦りも持っていたようだ。

約4年8カ月外相を務め、「外交の岸田」を自負するだけに、外交の舞台で自らの失点になるようなことは、許されないとの思いもあったはずだ。自民党関係者は「大きなリスクも伴う行動だったが、首相の決断がすべてだった」と話す。危機管理や情報管理での対応を疑問視する声は根強いが、訪問じたいを批判する声はほとんどない。そんな中で訪問内容とは別に、クローズアップされたのが冒頭のおみやげ問題だった。

戦時下にある国、戦闘を行う態勢で必ずしも侵攻国ロシアに勝っているわけではないウクライナに、「必勝しゃもじ」を渡すことの是非。日本が勝利した日露戦争のころ、戦地に赴く人が厳島神社にしゃもじを奉納したという由来や、しゃもじでごはんを「飯取る」行為と、敵を「召し捕る」と語呂合わせから、勝利祈願の縁起物となった背景を伝えれば、相手は理解するだろう。日本のウクライナ大使館は24日、ツイッターで「必勝!」とつぶやいた。一方で、ロシアを刺激しかねないセレクトではないかとする声も聞いた。

スポーツや選挙での「必勝」と戦争での「必勝」が同じなのか。この点への違和感が、賛否が割れた一因のように感じる。首相自身は、贈った意味について国会では言及を避けた。「ウクライナの方は、祖国や自由を守るために戦っている。こうした努力に敬意を表したいし、ウクライナ支援をしっかり行っていきたい」とだけ語った。

首脳同士の外交の舞台で相手におみやげを贈るのは、慣習だ。かつて外交に携わった人に取材すると、おみやげ選びは、まずは相手首脳の好みのリサーチが鍵を握るそうだ。時の首相の考えもあるが、相手が喜びそうなもの、日本を紹介する上で的確なもの、伝統工芸品、日本の技術をアピールできる製品などが候補になるようだ。価格は必ずしも高価ではないとされるが、安倍晋三首相は米大統領選を勝ったばかりのトランプ氏に、共通の趣味であるゴルフにちなんで50万円を超える「本間ゴルフ」の最高級ドライバーを贈り、一気に距離を縮めた。安倍氏は2017年、柔道家でもあるロシアのプーチン大統領との会談で、嘉納治五郎の書を送ったこともある。

また小泉純一郎首相は、2002年2月に来日した米国のブッシュ大統領に、イラストレーター山藤章二さんに依頼した、流鏑馬(やぶさめ)の矢を放つブッシュ氏の似顔絵を贈った。当時、同時多発テロを受けた対応に追われていたブッシュ氏は、「私たちは悪と戦う」などと応じ、喜んだとされる。

いちばん重視されるのは「センス」。さらには「物語性」だという。今回のゼレンスキー大統領のように、初めて会う人には特に、なぜこれを贈るのかという意味合いがさらに問われるという。

そんな中での「必勝しゃもじ」だった。首相は「必勝しゃもじ」と一緒に、地元の焼き物でつくった折り鶴のランプも贈った。必勝と平和への祈念を象徴する2つの品で、バランスを取ったのかもしれないが。

岸田首相は、インド、ウクライナ訪問前に地元の広島で開いた会合で、広島サミットのロゴを使ったまんじゅうやペンを自分の支援者に配り、外務省が定めたロゴの使用目的ルールに反すると批判も受けている。「おみやげ」は首相にとって、すっかり「鬼門」(永田町関係者)となってしまった。【中山知子】