東京都が工事施工を認可し、3月下旬から一部の工事が始まった東京・神宮外苑の再開発計画。低木を含めると3000本を超えるともいわれる樹木の伐採計画が明らかとなり、再開発に反対してきた周辺住民らはあらためて、計画見直しへの声をあげている。

今回の再開発計画をめぐっては、2021年2月に文化財保護に関する活動を行う国際NGO組織・イコモスの日本国内委員会理事、石川幹子・中大研究開発機構教授が、樹木伐採の現実や不十分な情報開示などに対し、問題を提起。その後、計画見直しを求める国会議員による超党派議連が設立され、元ラグビー日本代表の平尾剛さんらスポーツ界の反対の声、若い世代も声を上げるなどし、最初にオンラインで立ち上げた米経営コンサルタント、ロッシェル・カップさんは8日、ツイッターで署名の数が17万6000に達したことを明らかにした。

先月28日に亡くなった音楽家の坂本龍一さんが生前、計画の見直しを求める手紙を小池百合子都知事や永岡桂子文科相、関係自治体に送っていたことが分かり、坂本さんの訃報後、あらためて再開発計画に関心が高まっているとも感じる。

今回とは規模も場所も経緯も異なるが、同じような問題をかつて取材したことがある。

東京都千代田区紀尾井町の国有地に2007年7月着工予定で、国が新しい参院議員宿舎を建設しようとした際も、歴史ある樹木の伐採に強い反対の声があがった。一帯は、紀州徳川藩邸跡地という江戸ゆかりの場所で、近隣にビルやホテルが並び立つ中、江戸時代からの緑が残る、都心でも珍しい場所だった。

現場は都の「風致地区」に指定され、建築物を建てる場合は、15メートル以下と規定されていた。しかし、建設が予定された宿舎の高さは地上56メートルで、「公益性」が認められれば建設は可能だった。

この時、許可を出す、出さないを判断できるのは都知事だということで、周辺住民らが国の建設計画に同意しないよう、差し止めを求める訴訟も起こした。

当時の知事は、昨年2月に亡くなった石原慎太郎さん。石原さんは反対の声の高まりを受けて、副知事の猪瀬直樹氏(現参院議員)とともに、建設予定地を視察。その場で「私は反対だ」と述べた。

当時の取材メモを読み返すと、石原さんは「知らないうちに(建設を)了承したことになっているが、この緑をつぶすのは私は反対だ。ここに見に来て判断しようと思っていた」と述べ、宿舎の新築ではなく建て替えを提案。当時、議員宿舎の格安さが問題になっており「議員特権」への批判もあったが、石原さんは「この地の緑がいかに貴重か。建て替えろという議員は、見に来ればいい」「緑は貴重な財産。あそこの木は絶対に切らせない」と、報道陣を前に熱弁をふるった。

国に対してもの言うことでも知られた石原さんの発言は、その後、国を動かした。協議を重ねた末、石原さんの現地視察から約1年半後の2008年末、参議院側は計画を白紙にすると表明。事実上の断念だった。その後、再び建て替え計画が持ち上がり、結局、建っている場所での建て替えとなったが、「都知事が都心の緑を守った」と当時話題になった。

宿舎の建設計画見直しを求めていた住民たちは、結論とはまた別に、目に見える形での都知事の「関与」に期待をしていた。結果的に、石原さんの行動が、計画を変えるきっかけになった。今、神宮外苑再開発計画を取材する中で、当時の石原さんの行動を懐かしがる声も聞いた。

神宮外苑の再開発計画では、小池知事の「関与」は、表面的にはあまり見えてこない。超党派議連代表を務める自民党の船田元・衆院議員は、小池氏への面会要請が2度ともかなわなかったと明かした。

小池氏は4月7日の記者会見で、都民の共感と参画を得ながら計画を進めるよう求めた昨年5月の要請への取り組みが不十分だとして、都が事業者側に2度目の要請を行ったと述べた。「幅広い都民の参画や既存の樹木の保全、わかりやすい情報発信」を事業者に要請しているとも強調した。

都が施工を認可し、すでに工事も始まった。それでも、反対の声は強まっている。石原さんが見せた、1つ1つの声への積極的な関わりが、小池氏には見えてこないのも1つの要因ではないかと、取材をしながら感じている。【中山知子】