10月中旬、富山県北部にある富山新港では、港いっぱいに並べられた中古車をクレーンで貨物船に積み込む作業が行われていた。船の行き先はロシア極東のウラジオストク。車種はさまざまだが、ロシアで根強い人気があるトヨタ自動車の「ランドクルーザー」などSUV(スポーツ用多目的車)が目立つ。


10月中旬、富山県の富山新港では中古車がロシア行きの貨物船に積み込まれていた(記者撮影)
10月中旬、富山県の富山新港では中古車がロシア行きの貨物船に積み込まれていた(記者撮影)

富山新港など3港で構成される伏木富山港は、ウラジオストク商業港と友好港の提携を結び、現在は月に14便のRORO船(搬入口から車両が自走して中に入れる船舶)が発着するなどロシアとの関わりも深い。ウクライナ侵攻後にロシア国内で自動車需要が強まったことで、定期便のRORO船でもさばききれないほどの中古車が港に集まるようになったという。


■ロシア向けは台数も単価も急上昇

「中古車輸出先でいま一番ホットなのは、ロシア市場だ」

日本中古車輸出業協同組合の佐藤博理事長はそう語る。今年1~9月の日本からロシアへの中古車輸出台数は前年同期に比べ17%増えた。ウクライナ侵攻後の3~5月は減少したが、6月からは劇的に回復。9月は1.9万台強で、約1.4万台だった2月を4割も上回る。



船不足などを背景に全世界への中古車輸出台数が前年比で微減となる中で、ロシア向けの急伸は異例の動きと言える。「かつて月に1万台以上出る国はロシア以外にニュージーランドやオーストラリアがあった。しかし今はロシアだけが1万台を超えている」(佐藤理事長)。

ロシア向けの輸出台数が伸びる一方、平均単価の上昇もとどまるところを知らない。8月の平均単価は約145万円と1年前の2倍を超え、貿易統計の記録が残る2005年以来で最高を更新。9月も141万円と高水準で推移する。

同じ9月では、全世界への輸出向け中古車の平均単価は107万円(前年同月比78%増)と過去最高を更新した8月なみ。カーオークション国内大手のユー・エス・エスが公表した中古車の落札単価は122万円(同32%増)と過去最高だった。

半導体不足による新車供給難で中古車需要が国内外で高まっていることが背景にあるが、ロシア向けの高水準が際立つ。「平均単価は2005年以前を考えても過去最高だろう」と佐藤理事長は話す。


富山新港で積み込みを待つ中古車には、ロシアで根強い人気があるトヨタのSUV「ランドクルーザー」もあった(記者撮影)
富山新港で積み込みを待つ中古車には、ロシアで根強い人気があるトヨタのSUV「ランドクルーザー」もあった(記者撮影)

ロシア向け中古車輸出が、ここまで「バブル」の様相を呈しているのはなぜか。

まず、ウクライナ侵攻の影響による新車不足がある。3月以降、外資系の自動車メーカーは部品調達難などを理由にロシア国内での新車生産を基本的に停止しており、5月にはルノー、9月にはトヨタ、10月には日産自動車が相次いでロシア事業からの撤退を決めた。

経済制裁により、ロシアでは地理的に近い欧州からの新車輸入もストップ。日本からの新車輸入も事実上できない。ロシアで展開する日本車メーカーが輸入を停止していることに加え、日本政府が4月に600万円を超える乗用車の輸出を禁止したからだ。そうした結果、「ロシアでは新車代わりに輸入の中古車を購入する動きが加速した」(複数の業界関係者)。


■ルーブル高でロシアのバイヤーが強気に

もう1つの要因がルーブル高だ。世界各国と中古車の取引実績があるビィ・フォアードの山川博功代表は、「2月下旬のウクライナ侵攻直後、ルーブルは一時的に暴落したが、その後は円安・ルーブル高が進み、ロシアのバイヤーが高価格でも日本から車を買えるようになった」と語る。

ルーブル相場は2022年1月に月中平均で1.75円だったが、9月には同2.64円にまで円安が進行。円に対しルーブルの価値が5割も高くなったことで、ロシアのバイヤーが強気になり、以前よりも少々高い価格でも中古車を買うようになっている。

ウクライナ侵攻の長期化、それに伴う禁輸措置の厳格化により、ロシア国民は車不足にあえぐ。ロシア国内の中古車流通も様変わりした。佐藤理事長によると、ウクライナ侵攻前はロシアの西方向けに流通する中古車の多くはドイツからだった。

しかし、「侵攻後は欧州から車が入らなくなったので、今ではわれわれにモスクワからも注文が入るようになった。ロシア国民はそれだけ、車がなくて困っているのだろう」(佐藤理事長)。

日本から輸出された中古車は海路でウラジオストクに運ばれた後、鉄道に載せられて西方に運ばれているという。

冒頭に紹介した富山はロシア向け中古車の一大輸出地だ。2021年度の伏木富山港の輸出貨物のうち、重量ベースでは実に58%がロシア向けの完成車両で占められている。「完成車と表記しているが、実際はそのほとんどが中古車だ」(富山県土木部港湾課)。

最近では「自動車の中古部品もコンテナに載せられてよく出ている」(複数の業界関係者)。トヨタや日産のロシア事業撤退で「パーツの輸出も加速するかもしれない」(同)。

富山県近辺でロシアと結びつきの深い港としては、伏木富山港の他に新潟港も挙げられるが、「現在、新潟からロシアに出る中古車はそれほどない」(佐藤理事長)という。

数ある日本海側の港の中で、伏木富山港がロシア向け中古車の輸出地として地位を確立できた背景には、「原木の貿易が深く関係している」(富山県土木部港湾課)。

富山新港は、かつて放生津潟という潟湖(せきこ)を掘り込んで造った港であったために、原木の水面貯木場として最適な水質だった。

ゆえにロシアから原木を積んだ大型船が何隻もやって来て、積み荷を降ろした後に空になった船内に、船員が「お土産」として中古車を積んで帰っていたという経緯がある。


■ロシア向けの高値は続く見通し

日本からのロシア向け中古車輸出の全盛期は、業界では2008年頃と言われる。当時は、日本から世界に輸出された中古車のうち、およそ半分がロシアに買われていた。

伏木富山港のほど近くにある国道8号線では、「全盛期には輸出業者の営む店舗が道の両側にずらっと並んでいた」(富山県土木部港湾課)。

だが、「2008年以降、ロシアが自国産業を守るために原木の輸出関税を高めたことで、原木を運んでくるロシアの船が激減し、中古車を積んで帰っていくのも減った」(同)という。



足元で急増しているとはいえ、ロシア向けの中古車輸出台数は2008年の半分以下。中古車輸出全体に占めるロシア向けの割合も17%程度だ。ロシア向けの輸出台数が全盛期の水準に戻る可能性は低い。

ただ、ロシア・ウクライナ情勢がすぐに好転するとは言いがたく、「ロシア向け輸出は、高水準の台数と単価がしばらく続く」との見方が業界では強い。

現在、ロシア国内で新車を製造しているのは、国産大手のアフトワズぐらいだ。同社が6月に発表した自社ブランド「ラーダ」の最新モデルにエアバッグやABS(車輪ロック防止装置)が搭載されていなかったことが話題になった。

中古車輸出業者は「安全な日本の中古車は海外で根強い人気がある」と口をそろえる。ロシアでは安全性に乏しい国産の新車よりも、日本の中古車を買おうとする動きが今後さらに加速するかもしれない。

【村松 魁理 : 東洋経済 記者】