作家の五木寛之氏(85)が昨年7月に著した「孤独のすすめ」(中公新書ラクレ)が、26万部を超えるベストセラーとなっている。高齢化社会、財政不安、周辺諸国との緊張関係が高まるなど、日本は決して楽観できない状況にある。そんな中で、五木氏は、「集団の中で自分の意見を持つ『和して同ぜず』の精神で、現実を直視するべき」と説いている。まさに、現代社会を生きるバイブルでもある。

 タイトルだけで誤解してはいけない。五木氏は穏やかに言葉をかみ砕くように話し始めた。「孤独というのは、独りになるといっているのではなく、和して同ぜず。皆と一緒に仲良く物事を進めていくなかで、均一化せず、自分を失わず、自立しろということです」。

 同じ「孤」の字でも、仲間から外れて存在を失う「孤立」と意味が違う。「合唱やコーラスで違った声の人たちが、ソプラノ、アルトといったパートを失わずにハーモニーを作る。それが孤独の身近な例ですよ」。

 昨年注目された中でも、当てはまっている人がいるという。「ひふみん」こと、五木氏と同じ福岡県出身の将棋棋士、加藤一二三・九段だ。「テレビのバラエティー番組の場で和している。でも、コメントを振られると自分の意見を口にできる。本当の意味での孤独の象徴」と評した。

 均一化には、戦時中の苦い思い出がある。「一億一心」の精神を嫌というほどたたき込まれ、軍歌を斉唱して行進する社会。結果的に敗戦へと進んだ。その時代と、現在の日本がダブる。「すべての人が同じ方向に向かっている」と憂う。

 本の中で、「心配停止」という言葉が出る。「この国の現実、自分たちの置かれている状態を考えまいとか、不安であるために心配するのをよそう」という心理を突いている。

 実際、飛行場は超満員、レジャー施設は行列、人気の飲食店は予約が半年待ちなど、まるで高度成長期やバブル期を思わせる事象が目立つ。「会社員の賃金は下がり、社会保障は貧しい、先進国の中の貧困国。赤字国家で、東アジアの政治的状況は緊張関係が高まっている」にもかかわらずだ。

 では、どうしたら食い止められるのか?

 「あきらめるということですよ」。一見、意外な言葉が返ってきた。

 「物事を投げ捨ててやめようという意味の『諦める』ではありません。『明らかに究める』という意味の、あきらめるですよ。孤独が、独りで暮らすという意味とは違うようにです。本当の意味は、きわどい表現の中にありますから」(笑い)

 その心は、現実直視。「上ばかり見ているとまぶしいだけ。下り坂の時期を迎え、足元の黒い影という現実をありのままにまっすぐ見るということです」。

 7年後の日本は、人口の3分の1が65歳以上になると予想されている「超高齢化社会」。年金を受領できて貯蓄もある高齢者に対し、若くて経済力がない層の反発さえ予想される。それを「嫌老社会」と、五木氏は称する。「年長者の記憶量や体験は、デフレやインフレになっても価値の変わらぬ資産。世代間闘争ではなく、それぞれが違っていることを認めた上で、仲良くやっていこうという『賢老社会』になってほしい」と願う。

 今回の著書には「人生後半の生き方」というサブタイトルがあり、てっきりシニア層が対象と思っていた。「若い人にも読んでほしい。今の社会は『ばらばらで一緒』『異心同体』という発想がいい。いい方向に行くため、いろいろなパートや意見があることが一番。そのために皆が孤独であってほしい」。

 戦争を経て今を生きる人気作家が、現実を直視して問題を指摘した上でつづった意見が込められている。【聞き手・赤塚辰浩】

 ◆五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年(昭7)9月30日生まれ、福岡県出身。戦後、朝鮮半島から引き揚げる。早大文学部ロシア文学科中退。66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で第56回直木賞、76年「青春の門」で吉川英治文学賞受賞。代表作に「朱鷺(とき)の墓」「戒厳令の夜」「親鸞」のほか、「風に吹かれて」などのエッセーでも人気がある。NHK「ラジオ深夜便」では、昭和歌謡をテーマにした「聴き語り 昭和の名曲」のトークで人気を博している。