小説「少年と犬」(文芸春秋)で第163回直木賞を受賞した浦河町出身の作家・馳星周氏(55)が、日刊スポーツのインタビューに応じた。

96年にベストセラーとなった「不夜城」でデビューして24年。7度目の候補作で受賞を果たしたノワール(暗黒)小説の旗手が、作品への思いや昨年から夏の時期を過ごす故郷浦河町、北海道での生活について語った。【聞き手・浅水友輝】

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-受賞決定から1カ月。反響や心境の変化は

馳氏 心境の変化とかは全然ないですね。取材とか受けていて、小説を書く時間が全然なくなって、やばいなあと今なっている。

-ひと息つく間もない

馳氏 忙しいのに土日は競馬をやっている。金曜の夜から検討に入るのでと、担当の編集者にもお願いして、競馬に支障がないように。競馬は遊びですけど。

-競馬以外は

馳氏 よっぽどのことがない限り仕事をする。後は犬と散歩に行って。うちは僕が全部食事も作るので、昼と晩は人間と犬の食事を作ったりしている。

-受賞作では全編を通して多聞という犬が登場し、東日本大震災や熊本地震を経験した光という少年と運命的な出会いをする

馳氏 (犬には)人間にはない知覚、1番は嗅覚なんだろうけど、人間にはない感覚は持っているんじゃないかなと思う。多聞と光は特別な絆を結んだと書いている。そういうことがあっても不思議ではないだろうというのはありますね。

-少年だから感じる部分

馳氏 純粋な者同士。犬は大人になっても汚れないけど、人間は絶対大人になれば汚れていく。そうなる前の純粋な心と心の結び付きはあると思う。東日本大震災も熊本も…。面と向かっては言わないけど被災者にエールを送りたいというのはある。「いつだって絶望だけじゃなくて希望があるよ」というのは頭の片隅にあって書いていた。

-これまではノワール小説で知られた

馳氏 今回も「男と犬」とか「泥棒と犬」とか「娼婦と犬」とか、ノワールのエッセンスを濃厚に持った。今までとがらりと変わった小説を書いたとかではない。どんな小説を書いてもその作品の中には馳星周という小説家のエッセンスは必ず入っている。

-今は夏は浦河町で暮らしている

馳氏 去年は薄着で失敗したというぐらい涼しかった。あと空気が良い、景色も。普段は長野なんで、周りは高い山だらけ。ここではちょこっと車で行けば、水平線も地平線も見える。食べ物もおいしいですよね、海鮮と野菜が。

-幼少期に過ごした故郷の変化は

馳氏 今は(人口が)1万人ぐらいなので半減してしまったけど、見た目のイメージはそんなに変わっていない。びっくりしたのは子どものころにブルース・リーの映画を見に通った映画館(大黒座)がまだやっている。子どものときに入っていた銭湯がまだあったり。道路は昔は国道以外は砂利道だったけど、今は全部アスファルトできれい。昔は道路にいっぱい馬ふんが落ちていましたから。

-JR日高線が来年3月に廃止予定になるなど、北海道は過疎も広がっている

馳氏 僕は東京に行って戻ってきた人間だからかもしれないけど、人が少ないというのは悪いことばかりじゃないと思う。ここが例えば今は発展して10万人の町になっていたら帰ってきていないと思う。

-仕事場所が変わる環境の変化について

馳氏 若いときからサッカーを見に欧州に行っていた。飛行機の中でも、ホテルでも書いていた。場所や椅子が変わるとダメだとかはない。ノートパソコンひとつあれば、どこでも仕事できる。そういう意味ではテレワークのはしりだよね。

-今後は

馳氏 来年こそは函館、札幌の競馬場をちゃんと見たい。今年はばんえい競馬も行こうと言っていたが、直木賞のおかげで鬼のように仕事が増えて行けていない。何とか締め切りをクリアしたら、1日ぐらい時間をつくって奥さんをどこかに連れて行ってあげたい。

<取材後記>

「保守本流は好きではない」。インタビューで馳さんはそう口にした。3年ほど前から夫人の影響で競馬に興味を持ち、23日の札幌記念で本紙に寄稿したコラムは競馬愛にあふれていた。冒頭の言葉は競馬の話題になったときのもので「ディープとかにはあまりひかれない。そんなことはないんだけど、イメージとしてエリートで産駒たちも優等生でっていうのはおもしろくない」と続く。欧州サッカーでも「レアルマドリードじゃなくてバルセロナ」。首都の名門よりもカタルーニャに拠点を置くチームを愛するという。デビュー作で初候補となった「不夜城」から直木賞は6回落選。それでも愚直にノワール(暗黒)小説と向き合い続けた馳さん“らしさ”がにじみ出ていた。

◆馳星周(はせ・せいしゅう)1965年(昭40)浦河町生まれ。長野県在住。書評家などを経て96年「不夜城」で作家デビュー。吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞を受賞する。98年「鎮魂歌-不夜城2-」で日本推理作家協会賞を受賞。99年「漂流街」で大藪春彦賞を受賞。今年7月15日に「少年と犬」で直木賞を受賞。現在、小説すばるで競馬を題材とした「黄金旅程」(ステイゴールドが香港ヴァーズに出走した時の現地の馬名表記)を連載中。