堅実な末脚の裏には、トレーナーをヒヤヒヤさせたやんちゃな性格があった-。学習院大在学中に「日本中世史」を学んだルーキー下村琴葉(ことは)記者が、歴代スターホースの逸話を探る連載「名馬秘話ヒストリア」の第9話は13年のダービー馬キズナ。管理した佐々木晶三調教師(66)を取材した。

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「キズナをひと言で言うと悪ガキ」。佐々木師はおちゃめに笑った。「かむわ、蹴るわ、走るわ…。一番怖いのは急にロデオしながら走り出すこと」。2歳時の新馬戦、キズナのその性格は師を余計に緊張させた。「クラシックを狙えると思ったので落としてはいけないと。元気が良すぎてハラハラした」と振り返る。

13年弥生賞で5着に敗れると、その日のうちに皐月賞からダービーへ目標を切り替えた。「豊ちゃん(武豊騎手)は皐月賞に行くと思ってたので、びっくりしてたよ」。毎日杯、京都新聞杯を連勝して迎えたダービーは、直線でエピファネイアを半馬身差、差し切って勝利。秋は凱旋門賞に歩を進めることとなった。

前哨戦のニエル賞では、英ダービー馬ルーラーオブザワールドとの接戦を“鼻差”(現地表記は短頭差)制した。「イギリスのダービー馬を負かすからすごいよね。やっぱり競馬場が違うから、馬の様子も違っていた」。滞在していたフランスのシャンティイ調教場は広大な森の中にある。キズナはその森林の中を歩くことでリラックスしたという。「森林があって静かで、馬にとっては放牧みたいな感じなのかな。気分がいいからピリピリしてなかった」と師は話す。やんちゃな“悪ガキ”が落ち着いてレースに挑めたのは、その環境が理由の1つかもしれない。

今年のダービー馬ドウデュースも、キズナと同じく武豊騎手を背にニエル賞から凱旋門賞へ挑む。また、産駒のディープボンドは2年連続で凱旋門賞へ。9年前、キズナが奮闘した舞台で再び日本競馬の“絆”がスポットライトを浴びる。

◆キズナ 2010年3月5日、北海道新冠町・ノースヒルズ生産。父ディープインパクト、母キャットクイル(母の父ストームキャット)。馬主は前田晋二氏。栗東・佐々木晶三厩舎所属。通算成績14戦7勝(うち海外2戦1勝)。重賞は13年毎日杯(G3)京都新聞杯(G2)ダービー(G1)ニエル賞(G2)、14年大阪杯(G2)の5勝。総収得賞金は5億1595万5800円(うち海外3955万6800円)。

◆下村琴葉(しもむら・ことは)2000年(平12)、東京都生まれ。学習院大卒。学生時代は日本中世史ゼミに所属し「吾妻鏡」を講読。趣味は野球観戦。“ウマ娘”がきっかけで競馬に興味を持った。今年4月日刊スポーツ入社、5月にレース部に配属。初予想のダービーを◎ドウデュースで大的中。馬のメンコを見るのが好き。