今春で引退する調教師が語る連載「明日への伝言」の第5回は、栗東・加用正調教師(70)が登場する。中学生の頃、テレビ番組で紹介されていた馬事公苑・騎手養成課程の様子を見て、競馬の世界へ。これまで騎手、調教師で合わせてJRA重賞34勝と活躍した。大好きな馬と苦楽をともにしてきた約50年のホースマン人生を振り返る。【取材・構成=藤本真育】

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この世界には多くの魅力がありました。何より馬が好きだったので、ここまで約50年間、やってこられました。体も無事に引退できることは本当にありがたいと思っています。今は心爽やかです。

競馬とは運命的な出会いでした。動物が好きなおふくろの影響もあり、小さな頃から生き物は身近な存在でした。犬、猫はもちろん、ハトなども家にいて、私も自然と動物が好きになっていました。兄2人は大学に通っていましたが、私は魅力を感じず「早くから手に職を持ちたい」と探していました。ちょうどその時、馬事公苑・騎手課程を紹介するテレビを見たんです。

父親には反対されましたが、母親の後押しもあって、騎手候補生としてこの世界へ飛び込みました。馬に乗った瞬間は、感動しましたね。目線が高くなって景色が変わり「自分が大好きな馬に乗っているんだ」と思うと、うれしかったです。騎手の試験には4回も落ちたんですが、ラストチャンスだと考えていた5回目でなんとか受かり、瀬戸口厩舎からデビューすることとなりました。

瀬戸口先生がいなければ、私は70歳まで競馬の世界にいなかったと思います。たくさんのことを学ばせていただきました。厳しかったですが、人情に厚い先生で、バックアップもしてくれました。本当に感謝しています。もし騎手試験に4回目までに受かっていたら、違う厩舎からのデビューでしたから、それもまた運命だったのだなと感じています。馬の神様が味方してくれました。

騎手、調教師として重賞を勝たせていただきましたが、JRAのG1が取れなかったのが悔しいです。ホースマンである以上、やはりG1というのは目指すべきところですし、記録として一生、残るものなので、勝ちたかったという思いは強かったです。そこはひとつ心残りです。ただ、未勝利戦でも、条件戦でも、重賞でも、勝った時の気持ちはそんなに変わりませんでした。勝つことは何よりうれしかったですし、天にも昇る気持ちでした。

競馬界は信頼関係の世界です。若手騎手などは、かわいがられてなんぼだと思います。私が騎手時代に、瀬戸口先生から言われて心に残っているのは「お前は1日に10鞍くらい乗っているかもしれないけど、厩務員さんは担当している2頭で生活しているんだ。だから、任せたいと思ってもらえるようにしなさい」という言葉です。馬に対して真摯(しんし)に、そして向上心を常に持って、やっていってほしいと思います。

引退した後は競馬を見ながらゆっくりしようと思っています。夏の北海道シリーズの時には、牧場などにも行けたらと思っています。馬券は当たらないと思うので買わないつもりです(笑い)。

◆加用正(かよう・ただし)1953年(昭28)5月17日、神奈川県生まれ。76年に栗東・瀬戸口勉厩舎から騎手デビュー。91年高松宮杯(ダイタクヘリオス)など重賞20勝を含むJRA通算5493戦559勝を挙げた。93年に調教師免許取得、94年開業。97年弥生賞(ランニングゲイル)などJRA重賞14勝。14年JBCスプリント(ドリームバレンチノ)、19年川崎記念(ミツバ)でJpn1・2勝。JRA通算7532戦638勝(19日現在)。

◆加用師の主なJRA重賞制覇 騎手時代はダイナカーペンターでの88年阪神大賞典、89年京都記念など20勝。調教師としては96・97年関屋記念連覇など重賞3勝のエイシンガイモンなどで14勝。昨年はゼルトザームで函館2歳Sを制した。