大器はついに覚醒したのか? 日刊スポーツ評論家の鳥谷敬氏(41)が月イチで野球界の話題を語る「鳥谷スペシャル」。今回は阪神藤浪晋太郎投手(28)の進化を分析した。ここ数年間苦しみ抜いた右腕は8月上旬に1軍復帰後、5戦連続でクオリティースタート(6回以上、自責点3以内)をクリア。19年まで7年間共にプレーした虎の先輩は「力感の変化」に注目した。【聞き手=佐井陽介】

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藤浪投手は力の加減、抜き方を覚えたのかもしれません。以前と比べて力みなく投げられているから、カットボールやスライダーといった変化球がストライクゾーンに収まる。最近多投しているスプリットでもカウントを整えられるようになったのだと感じます。

もちろん、好調の要因は決して1つだけではありません。腕が縦振りになった、右足の蹴り上げが良くなった…。苦しい時期も腐ることなく試行錯誤を続けた成果が、いよいよ形になり始めているのでしょう。そういった努力の痕跡の中でも、個人的に注目しているポイントが「力感の進化」になります。

スプリットに関しては、これまでもストレートと同じように全力で腕を振って空振りを奪うことはできていました。それが今は以前にも増してコントロールが安定して、困ったら投げ込めるレベルの球種にまで成長している印象です。力みなく投げられているから、ここまで制球できるようになったのだと思います。

試合中継中に紹介されていたデータによると、藤浪投手の球種の割合は以前よりスプリットが10%ほど上がり、カットボールは10%ほど減っているそうです。こうなると打者は大変です。ツーシームやスプリットといった直球に近い軌道から動く球種でストライクを取られると、打者はなかなか思い切って振りにいけなくなるものなのです。

シンプルに直球だけを待つのと、頭にスプリットがチラつきながら直球を狙うのとでは、打者心理には大きな違いが出てきます。この違いが少しのズレにつながって、長打にできたはずの1球がファウルになってしまったりもします。スプリットを始めとする変化球の制球力向上によって、藤浪投手は「的を絞りづらい相手」に成長を遂げつつある、ということです。

では、なぜ力の加減、抜き方を覚えられたのでしょうか。個人的には、ここ数年の中継ぎ登板の経験も好影響をもたらしているのではないかと想像します。

最近、ある記事を目にしました。ブルペンに配置転換されて間もない頃、藤浪投手は「このまま投げ続けたらつぶれてしまう」と感じていたそうです。人の白星や活躍を守ろうという気持ちが強すぎて、腕が振れすぎて悩んだ、と。ここでどうにか力みを減らそうともがいた結果、力の加減や抜き方が自然と身についていったのかもしれません。

以前は常に全力で腕を振っているイメージでしたが、今は違います。力感なく、バランス良く、リズム良く。どこか相手次第だった投球も自分次第に成長した印象です。それでも今後の課題をあげるとすれば、「ここは絶対に抑えないといけない」という場面でもどれだけ力みをコントロールできるか、でしょうか。

3日の巨人戦では3回2死二塁、坂本選手への直球を外角低めに引っかけました。6回1死一、三塁ではスライダーがすっぽ抜け、暴投になっています。このような勝負どころでも力感をコントロールできるようになれば、勝つ確率はますます上がるはずです。

前回登板では個人的にうれしくなった瞬間がありました。暴投で3点目を失った直後、太ももをたたいて悔しさをあらわにしたシーンです。以前であれば、無表情というか、動揺していない風に見せる姿が多かったような場面。今回は感情が体中からあふれ出ていました。普通に投げたら抑えられる。そんな自信があったから、あそこまで悔しがれたのだと思います。

苦しみ抜いた分、今の状態、投球に根拠と手応えがあるのでしょう。これからもブレることなく、自信を持ってマウンドに立ち続けてほしいと願います。(日刊スポーツ評論家)


▼今季前半戦の5試合でリリーフを務めた藤浪は、8月から先発ローテに定着し、5試合すべてクオリティースタート(QS、6回以上自責3以内)をクリア。近年のQS率は、20年36・4%、21年33・3%、今季もリリーフ経験前は33・3%で30%台を推移していた。だが、今季はリリーフ経験後のQS率が100%で安定感が格段にアップ。キャリアハイの14勝を挙げた15年のQS率75%のように、しっかり試合をつくっている。

鳥谷敬氏(2022年4月4日撮影)
鳥谷敬氏(2022年4月4日撮影)