プロ野球番記者コラム

星野さん薫陶受けた矢野&平石監督が倉敷で成長の跡

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<日本生命セ・パ交流戦:阪神3-5楽天>◇18日◇倉敷

倉敷の伊東市長から花束を受け取り、スタンドの声援に応える楽天星野監督(2013年11月8日撮影)
倉敷の伊東市長から花束を受け取り、スタンドの声援に応える楽天星野監督(2013年11月8日撮影)

セパ6球団ずつのプロ野球だが、2軍は違う。イースタン7球団、ウエスタン5球団といびつ。これが、6球団ずつになるかも知れなかった。

昨年1月に亡くなった星野仙一さんが楽天監督だった時(11~14年)のこと。楽天が2軍本拠地を岡山・倉敷に移そうとしている情報が入った。記事化に至らなかったが、確かにそういう案はあったという。立ち消えたが、2軍移転が実現していればウエスタンに所属変更されただろう。

倉敷は星野さんの故郷。13年の楽天初優勝には、倉敷が大きく寄与したと思っている。就任直後の10年秋。星野さんはカルチャーショックを受けた。当時の楽天は、秋季キャンプを地元の仙台で行っていた。若手を温暖な土地に送り、徹底的に鍛えるのが球界の秋の常識。東北の11月は寒い。暗くなり始める3時過ぎには家路につく選手たちを見て「あかん」と嘆いた。

5位で終わった1年目オフ、持てる力をフルに使い、倉敷での秋季キャンプを実現させた。同時に田代、大久保両打撃コーチを招く。晴れが多く温暖な地で振り込ませた銀次や枡田が、後の主力となった。“地”と“人”の両面で刺激を与え、勝負気質が足りないチームを変えようとした。

星野さんのDNAが大きく注入された転換点は、11年秋の倉敷キャンプだった。亡くなる数カ月前、星野さんはひそかに倉敷へと戻り、子供の頃に住んでいた場所を電車で訪ねたと聞いた。死期を悟り、目に焼き付けておきたかったのかなぁ。監督。監督の薫陶を受けた矢野監督と平石監督が、倉敷で戦いました。戦いっぷりは、どう映りましたか?【11~14年楽天担当 古川真弥】

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