<クライマックスシリーズ・ファーストステージ:DeNA7-8阪神>◇2019年(令元)10月5日◇横浜

目の前で阪神矢野燿大監督が声を震わせ、涙を流している。横浜スタジアムのベンチ裏。CS初戦は6点差をはね返す大逆転劇だ。指揮官は声をはずませた。

「全体のヒーローはもちろん北條。でも、全員で野球できたのがすごくうれしい。常々、苦しいときにどうするかとか、あきらめないとか…」

そこまで話すと、もう言葉にならない。長い沈黙の末、絞り出した。「そういう野球をできました…」。6回終了時に6点差で、攻撃は残り3回だけ。圧倒的に不利だったが、反撃する。7回、4連打で一挙4点。北條はエスコバーの154キロを捉えて、左翼に強烈な3ランを放った。8回も3得点。すさまじい波状攻撃で豪快に試合をひっくり返した。CS史上最大の逆転勝利だった。

19年10月、DeNA戦の8回、北條の中越え適時三塁打にガッツポーズする阪神矢野監督(左から2人目)
19年10月、DeNA戦の8回、北條の中越え適時三塁打にガッツポーズする阪神矢野監督(左から2人目)

矢野は「こんな試合、1人では流れを変えにくい。投手も野手もみんながあきらめず、つなげて、こういう結果になった」と言う。絶望的な状況をはね返す覇気あふれる姿こそ、感極まった理由だろう。シーズン中、何度も「苦しいときこそ楽しもう」と選手に唱えてきた。ベンチで率先してガッツポーズするのもその1つ。負け続けると周囲から批判された。野球人の師と慕う野村克也氏にテレビの対談で苦言を呈され、お茶の間に流れても、選手らには「俺はやめない」と言ったという。報道陣にも何度も「『楽しむ』って、そんな簡単なことちゃうぞ」と強調していた。腹をくくり、信念を曲げなかった。

先発の西勇が1回、3連打で3失点し、左足に打球が直撃して緊急降板する非常事態だった。継投で必死にしのぐ。先発から救援に転向していたガルシアは3イニング無失点。この踏ん張りが後に生きた。

プロ集団は勝てば自然とまとまる。逆転CS進出を目指すなかでナインも一丸になっていった。そんな光景を見たのは、ブルペン担当投手コーチの金村暁だ。

「ガルシアはもともとが先発だし、中継ぎは不慣れだったけど、ドリスがロッカーでリリーフの気持ちの持ち方を話してくれたんだ。『そんなに気持ちが入りすぎちゃダメだ。スイッチのオンとオフ。スイッチを入れっぱなしでは持たない』ってね」

17年のセーブ王が人知れず支え、シーズン大詰めの大車輪の働きにつながった。昨年の秋、若手から外国人選手まで、勝つために1つになった。矢野阪神の1年目を象徴する一戦だった。(敬称略)【酒井俊作】