野球の国から

心が震えた テロショック後の厳かなVシーン

<THE GAME(29)>01年9月19日 マリナーズVS.エンゼルス

<マリナーズ5-0エンゼルス>◇2001年9月19日◇セーフコフィールド

それまで見たことのない光景と、感じたことのない球場全体の空気は、今もなお、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

01年9月19日。マリナーズが、ぶっちぎりの地区優勝を決めた。8日前には米中枢同時テロが発生し、国中の機能が全面的にまひした。MLBは1週間、試合を延期。それでも、かつてレンジャーズのオーナーを務めたこともあり、大の野球好きで知られるブッシュ大統領の勧めもあり、公式戦を再開した。

選手たちは戸惑っていた。デビュー1年目のイチローは、言葉を探して言った。「グラウンドに立っていいものか」。秋風が漂い始めたシアトル。優勝を決めたマリナーズナインは、静寂の中で喜びを分かち合った。跳びはねるような歓喜のVシーンには縁遠い、謙虚かつおごそかな祝福だった。

01年9月、地区優勝を決めたマリナーズの選手らはマウンドに集まり祈りをささげた
01年9月、地区優勝を決めたマリナーズの選手らはマウンドに集まり祈りをささげた

「心が震えた。マウンド上の星条旗を中心に全選手が帽子を取り、ひざまずいた。人種、宗教の違いを超え、心をひとつに哀悼と感謝の祈りをささげた」

翌日の日刊スポーツは、1面から最終面まで約5ページを割いてマリナーズの優勝を伝えた。米国に胴上げの習慣がないとはいえ、これほどテンションを抑え、躍動感を封じ込めた優勝原稿を書いたのは初めてだった。

イチローが「1番右翼」で出場し、5点リードでセーブ機会でなくとも、クローザーの佐々木主浩が9回を締めくくった。グラウンド上の選手だけでなく、スタンドに詰めかけたファンの思いを、意図的に、主観的な表現で「心が震えた」と書き出したことは、鮮明に覚えている。

現在、世界的に長期化している新型コロナウイルス禍と比較すれば、収束、再起への期間は短かったかもしれない。だが、当時の米国はテロショックの影響があまりにも大きく、国際、政治的な背景を含め、ラジカルかつ特定の他者へ排他的で攻撃的な論調や思想が一気に広がり、重苦しさが充満していた。

もっとも、メジャーは世界中から選手が集まる舞台。人種や文化を超えたマリナーズの祝勝シーンは、米国人の良識を示すような光景だった。

試合後、イチローは率直な思いを口にした。「果たしてファンの方、自分たちも素直に喜べるかどうか不安でした。そのような想像をしていた以上に、ファンの人たちが盛り上げてくれて、野球場にいる時だけは忘れさせてくれました」。胴上げ投手となった佐々木は言葉を詰まらせ、涙ながらに言った。「プロとしての使命感を持って、シーズン最後までマウンドに立ち続けたい」。

危機的な状況になればなるほど、人は「素」を見せる。そこには、強さも垣間見える。マリナーズが示した静粛なVシーン、イチローや佐々木の謙虚な言葉…降りかかった困難を越えた時、それまで真摯(しんし)かつ忠実に生きてきた人の言動が持つ説得力は、何にも代えがたい。(球場名など当時、敬称略)

【四竈衛】

おすすめ情報PR

野球ニュースランキング