昨季まで巨人の投手コーチを務めた小谷正勝氏(75)が哲学を語る不定期連載。今回は高校球児へ。

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新型コロナウイルスが、さまざまなものを奪っている。野球界ではプロ野球の開幕が遅れ、センバツ、夏の甲子園が中止に。何が正しいかは誰にも分からない。ただ、何より大事なのは命を守ること。昨年がんの手術を受けて痛感したが、命あっての人生だ。

球児たちの人生は、これからである。野球をやっていようがいまいが、ほとんどの高校3年生は人生の岐路に立つ。プロを目指す人、社会人野球、進学、就職。その他にもさまざまな道がある。大人の方々は、今こそ彼らの人生を「逆算」で考えてあげてほしい。本音で向き合って進みたい道を聞き、資質と照らして背中を押す。あるいは適性を見極め、別の道を示してあげる。大人には、将来から見ることができる視野がある。人生の先輩として果たすべき務めではないか。

青春のすべてをかけてきた彼らの失意に、光を照らしてあげたい。10代であれば考え方、やり方でいくらでも変われる。1、2年の遠回りなら、長い人生で大きな影響はない。先回りの逆算で、大局を教えてあげることも必要だ。

昨季まで40年間、プロ野球の指導の現場に携わった。逆算の思考は特に大切にしてきた。

大志を抱き、毎年新人が入ってくる。全員にエースや抑えになってほしいのはやまやまだが、入り口の時点でそれぞれの道を向かせ、ロスのないプロ野球人生を歩ませてあげたい。先発向きか、救援向きか。エースになれるか、先発ローテの3~6番手なのか。野球人生を逆算できれば、日々の取り組みも見えてくる。

投球そのものでも、逆算の思考は欠かせない。数年前、西武の内海と投球論を語り合う機会があった。彼は「力任せのエイ・ヤーを捨て、打者を打ち取る結末を最初に考えている」と言った。例えば内角を使って打ち取ると決める。そのための筋書きとして「最初はこの球、次は…」と考えていけば、投げるボールの手順と軌道は決まるという。経験の中で身に付けた逆算、勝てる投手の思考だ。

野球が大好きな学生諸君へ。もちろん自分自身、かつては高校球児だった。甲子園が特別なものであることは分かる。無念も分かる。願わくば、各地で希望者が出場できる試合を開催してもらいたいが、どんな形になろうとも、この経験を生かすのは君たち次第だ。

勉強で大学に入りたいのなら、この期間を勉強に充てるのもいい。本来なら夏の大会に向け追い込む時期だろうが、目標が定まれば貴重な時間となる。仲間と切磋琢磨(せっさたくま)し、約2年半、目標に向かって打ち込んできたのだ。同級生に負けない集中力と粘りが武器になるだろう。目標校を上げることも十分に可能なはずだ。

日本全国を旅しながら、数々の俳句を詠んだ俳人の種田山頭火は、こんな力強い句を残している。

籠の鳥よ、放たれる日を待つよりも、力いっぱい羽ばたけ

野球から多くの学びを得た君たちはもう、しっかりとした考え方を備えている。現状を把握してエネルギーに変え、意思をしっかりと持って、前に進んでほしいと心から願っている。(つづく)