実績とは不釣り合いなポテンシャルを持って、ドラフト候補の一角にいた。今年3月のプロアマ交流戦。阪神戦で5回2安打無失点、さらにオリックス戦で9回6安打完封して脚光を浴びたのが、当時関西6大学リーグで通算0勝だった大商大の最速149キロ右腕・吉川貴大投手(4年=開星)だった。4年間でリーグ通算2勝。プロ志望届は提出せず、社会人へ進んで2年後の勝負を選んだ。

7月、関西6大学野球春季リーグ代替試合の神院大戦に先発し力投する大商大・吉川貴大
7月、関西6大学野球春季リーグ代替試合の神院大戦に先発し力投する大商大・吉川貴大

ドラフトから約1カ月が過ぎた今、吉川に未練じみた表情はない。「(ドラフトの)候補を見ても150キロを投げる投手とか、ずっと結果を残し続けている投手が多くて。自分は実績もないし、特別速い球を投げる投手でもない。監督さんから『いけるやつは2年後でもいける』と。最後は自分も社会人で力を磨きたいと思って、こういう風になりました」。1年春にリーグ戦デビューも、毎年のようにプロを輩出する強豪大学の選手層は厚かった。1学年上に大西広樹(ヤクルト)橋本侑樹(中日)と左右の先発2本柱がいて、吉川は3年まで中継ぎ。先発としての経験も実績も乏しかった上、主戦を期待された最後の1年はコロナ禍で春季リーグが中止。チームも数カ月の活動自粛を強いられた。最も積むべき実戦の場が切り離された。

能力は高く、スカウト陣の関心もある。プロ志望届を出すか出さないか-。提出期限直前の10月上旬まで検討した。富山陽一監督(56)の脳裏で重なったのが、大商大OBの近藤大亮(オリックス)だった。「吉川は近藤とよく似た感じ。それに重なったというか」。リーグでタイトルを獲得するほどだった近藤だが、指揮官の目には技術も経験も不完全に映った。卒業後はパナソニックに進み、15年ドラフト2位でオリックスに入団した。「(大卒で)プロを出したとなったら格好はつくけど、それは吉川にとってどうなるか分からないから」。教え子の背中を押すのは、プロで生き残れる自信と実力を身につけてから。伸びしろを信じるからこそ、親心のようにあえて遠回りの選択肢を示した。「そんなんじゃないよ、的確な判断」と否定するが、将来を案じて助言した。

吉川のリーグ戦初勝利は9月5日の神戸学院大戦で、5回2安打無失点だった。「もっとできたかなと…。信頼される投手になれれば良かったと思います」。試合中盤での降板も多く、最後の秋に手にしたのはわずか2勝。勝利に飢えた分は、次のステージで取り返す。「勝てる投手であり、『吉川が投げたら大丈夫』と信頼される投手になりたいと思います」。その秘めた能力は、まだ結果として数値化されていない。シンデレラストーリーは序章にすぎない。

【望月千草】

(この項おわり)