インタビューも終盤に入った頃、江川に高校時代の“恋バナ”を振ってみた。

 「今みたいに、携帯があるわけじゃないからね。でも、野球と勉強の間で、ほのかな恋心があった。別にお付き合いするわけじゃないんだけど。オレの場合、文通だから…」と、江川なりの交際の「ツール」を、告白した。

 センバツでの全国デビュー後、その周辺にはマスコミが大挙押しかけ、激烈な取材合戦が繰り広げられた。江川ネタは、スポーツマスコミばかりか、女性週刊誌にも取り上げられた。それ以前の「コーちゃん」(三沢・太田幸司)や、それ以降の「大ちゃん」(早実・荒木大輔)ブームのように「甲子園アイドル」とは別路線とも見られがちだが、江川には女性ファンも多かった。

 小山の実家には毎月、ミカン箱1箱分のファンレターやプレゼントが届けられ、宛名の当人はそうした手紙にすべて目を通した。甘言だけではなく、苦言、箴言(しんげん)にも謙虚に耳を傾けた。

 当時の女性週刊誌の1つ、「ヤングレディ」(講談社、87年廃刊)73年(昭48)8月13日号には、「男性が熱狂する“怪物高校生”! 江川卓くんがいま、いちばん大切にしているガールフレンド!」という3ページに及ぶ記事が、掲載された。栃木県内の高校の陸上部に在籍する、小柳ルミ子似の同い年の女子高生がその人で、2人は手紙と電話で互いに励まし合っている-というものだ。

 「手紙といっても月に1度くらい。内容? 好きです、とかなら、返事をもらえないかもしれない。例えば“旅行にいい季節になりました。行くならどこへ行きたいですか?”とか、“どんな洋服が好きですか?”とかいう質問形式なら、答えてくれるじゃない」と、テクまで披露して瞳を輝かせる。

 手紙が交際の「ツール」となったのは「オレ、照れ屋でしゃべれないからさ。手紙書くの、好きなんだ。女房にも書いた」。女子高生とは2年の大みそかに近くの神社へ初詣デート。願掛けはセンバツでの好投だったか?

 「好きなタレント」も聞いてみた。ここでも、目を輝かせて「これがね、正直なところ、いたんですよ」と名を挙げたのが、小柳ルミ子、天地真理、南沙織と浅田美代子。「怪物」は意外にもアイドル好きだった!

 「そのころ、おふくろ(美代子)に似た人を好きになった。小柳ルミ子さんは似てたんだね」。ヒット曲「瀬戸の花嫁」は、十八番だった。

 3年センバツの入場行進曲は、天地真理の「虹をわたって」。開会式直後の試合を控えながらも、お気に入りのリズムをバックに甲子園を歩けるのは、楽しみだった。「うれしかったね。行進曲は何だろうって、大会前からみんなで予想してたから」。行進する表情こそ硬かったが、歩きながらこっそり口ずさんでいた。

 作新野球部を入部2週間で退部した、現フリーアナの染谷恵二は、江川と同学年。2年の学園祭「作新祭」で、情報処理科のキャリアを生かしたプログラミングで「コンピューターの恋人選び」を出店した。

 そこへ、江川が「Aダッシュ」の同級生とやってきた。必要事項を記入して占ってもらうと、理想の女性と打ち出された名前は「アマチマリ…デス」。

 「オレ、真理ちゃんなの?」と、大受けの江川。これを見た染谷恵二は「こんな一面があったんだな、と思った」。

 トッポ・ジージョ→怪物くん(ともに耳が大きかったから)→馬(バ)ケツ(尻回りが110センチとでかいから)→怪物(70年代の怪物馬、ハイセイコーから)。ニックネームの変遷を見ても、それは動物やアニメの主人公に由来する。愛されキャラとしての、素の江川が垣間見えた。

(敬称略=つづく)

【玉置肇】

(2017年4月15日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)