阪神浜地真澄がマウンドにいる。谷川昌希が登板した。牧丈一郎、石井将希ら若手が投げている試合中、毎回のようにベンチと、記録をつけているネット裏本部席を頻繁に行き来するコーチがいる。スコアラーとのピッチング内容のチェックである。球数、コントロール、球の切れなどの確認だ。手帳とにらめっこしながら、難しい顔で往復する。その姿につい声をかけたくなって「現役時代より忙しそうだな」ジョークまじりに言葉をかけてみると、ニコッと笑って「ハイッ。確かに忙しいです」。愛想良く返事をしてくれたのは、昨年現役を引退し、今季から育成コーチに就任した安藤優也ピッチング担当コーチである。私がフロントを定年退職する最後の年にドラ1で入団した選手。

昨シーズンはなぜかファーム暮らし。チームの方針だろうが、前の年まで中継ぎで50試合も登板している投手だけに、首をかしげたこともあったが、今現在のポストを考えると正解か……。

そのファーム暮らしで若手からの人望を集めた。実績のあるベテランが復活を目指して黙々と努力する姿は若いピッチャーのいい見本になった。昨年入団してきた福永春吾らは「先輩のやっておられる一つ一つが勉強になります」と語すなど、若手は安藤の行動を見て勉強し、参考にして成長する材料にしていた。今年から「コーチ」の肩書きはついたが、この時期に得た人望、信頼は生きている。

立場が180度変わった。今年からは何事も選手には言葉で伝え、技術を手取り足取り指導していくことになる。「本当、立場が変わって、初めは違和感だらけでした。声をかけるにしても、どう声をかけていいかよく分からないし、気をつかいました」と語っていたが、意思の疎通を図るために、各選手の性格を把握するために、最も大切なのはコミュニケーションだ。

「すべての面で必要ですね。選手1人1人個性はあるし、性格も違う。例えば、1つのことを教えるにしても、その選手の性格をつかんでアドバイスしていくことが必要ですし、厳しく指導していった方がいい選手がいれば、逆に優しく教えていく方がいい人もいます。様々ですから選手個々を把握するためにも、コミュニケーションは大事です」。

確かに意思の疎通ができていないようではアドバイスも伝わらない。コーチ業に対話は必須条件だが、安藤には豊富な経験がある。現役時代は先発ローテーション入りして、チームの柱的存在として活躍したシーズンがあれば、リリーバーとして勝ちゲームに投げ続けたシーズンもある。現役生活16年間、数々の修羅場をくぐってきた。特に2008年からは、3シーズン連続して開幕投手の重責を背負ってマウンドへ上がり、順に横浜(現DeNA)戦、ヤクルト戦、横浜戦といずれも勝利投手になった経験の持ち主。そして、リリーバーとして勝ち試合中心の中継ぎ投手として、2013年から4年連続して50試合以上の登板回数を誇った、得難い財産の持ち主でもある。

若手の成長。安藤コーチに与えられた任務だが、チーム作りをしっかり継続していくためには大事な役目。もちろん若手にも色々ある。即戦力として獲得した新人。将来を嘱望して数年先を見据えて獲ったルーキー。プロ野球界に入団してくる人材だ。各選手素質は一級品だが、桧(ひのき)舞台でレギュラーとして活躍するには、誰もが到達できる一定のレベルを抜け出す力を身につけないと厳しい。現在、同コーチが手掛ける選手の中で、まだその域に達したピッチャーは見当たらないが、現状から育てていくのが安藤コーチの役目だ。

「僕が見てきた若手の中で、今頑張っているのは浜地ですね。前年は腰痛で出遅れていましたが、スピンの効いたストレートは素晴らしいですね。大いに楽しみなんですが、彼の場合、指先にできるマメがはがれる体質が心配。でも、本人も色々対策を講じていますので期待しています」

8月29日、浜地は鳴尾浜での中日戦で6回を3安打4三振、無四球のピッチングを披露し無失点に抑えて2勝目。安藤コーチの期待に応えている。次なる若手の出現を待ちたい。【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)

阪神安藤コーチが期待する浜地真澄
阪神安藤コーチが期待する浜地真澄