DeNA藤浪晋太郎投手(32)のピッチングを見て、感じたままをリポートします。
時間をかけて読んでくださるユーザーの皆さんには、最初に結論をお伝えしておきます。今現在、藤浪投手が直面する制球難に、私として明確な改善策を提示することはできません。その上で、捕手目線で極力分かりやすくリポートしたいと思います。
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初回、先頭打者にストレートの四球を与えた。しかし、この四球は大乱調と言うほどの荒れ方とは異なっていた。続く打者に対して2球で追い込むと、高めの真っすぐで空振り三振。しっかり投球を制御しており、かつ球威も十分。
西武打線は9番だけが右打者で、残りの8人は左打者を並べた。3番打者にはカウント1-2から、ひざ元のスライダーで空振り三振。4番打者は、カウント1-1から、外角へのツーシームでセカンドゴロ。
常時155キロ前後の真っすぐは威力十分で、キレもあった。続く2回、3回は2イニング続けて3者凡退。初回先頭打者へのストレートの四球が不思議なほど、安定していた。
4回、先頭打者にスライダーを右前に運ばれる。次打者はカーブで空振り三振。続く打者には左翼へ二塁打を許すも、一塁走者が走塁死で2死三塁。ここで5番古賀の初球、外角低めのカットボールが決まり0-1。2球目、藤浪はスライダーをひっかけて死球を与えた。
スタンドからでは、ショートバウンドからか、ダイレクトに当たったのか、見分けがつかなかった。明らかに引っかけたスライダーの軌道だった。
次打者の初球、古賀へ死球を与えたのと同じスライダー。そして、また同じようにひっかけてしまい、打者の足元へ。よけたものの、この直後から外角へのツーシームもしくは真っすぐを2球続けるも、いずれも抜けて3ボール。そして最後も抜けたボールとなり、ストレートの四球。
次打者に左前にタイムリーを打たれたが、二塁走者が本塁好返球でアウト。3安打を集められたが1失点で切り抜けた。マウンドの藤浪は死球を与えても、動揺した様子もなく、平常心はキープしている印象だった。
続く5回もヒットを打たれたが、センター森の好返球で本塁で走者を刺し、守備にも助けられ無失点。5回86球を投げ、5安打6三振、3四死球(1死球)1失点だった。
藤浪は恵まれた体格と、160キロ超の真っすぐで、常に大きな期待を集めてきた。プロ野球ファンならば、今の藤浪が抱える大きな課題もご存じの方は多いと思う。
今も藤浪は制球に関して、暗中模索であることをこの目で見ることが出来た。ではどうすればいいのかと、帰路の運転中も考えたが、ヒントになり得るものは浮かばなかった。私が簡単に思い付くならば、ここまで彼も苦しまないだろう。とはいえ、あれだけ3者凡退で安定していながら、1球でそのリズムが崩れるその危うさは、尋常ではない。
右打者の是沢が打席に入った時、やや下がって構え、初球、2球目は様子を見るしぐさに映った。私の近くに座っていたファンの方の「ああ、やっぱり怖いんだね」との言葉が聞こえた。
昨年の中日戦、藤浪が先発した際に中日打線は左打者を並べた。井上監督は「選手を守るため」とはっきりその意図を示したが、藤浪の制球難にまつわる事象として、賛否両論が起こった。私は選手を守るという考え方は理解できる。一方で、藤浪に視点を移すと、胸が苦しくなった。
そもそも、藤浪が突然制球を乱れてしまうところが出発点にある。それを藤浪が誰よりも痛感しているだろう。この日を見ても1球ひっかけたことで、まるで別人のようにコントロールを失う。
その現象が起こるか、起こらないか、内心ハラハラしながら投げているのだろう。右打者に対して抜けたストレート系が頭部付近にいってしまわないかと、ちらりとでも頭をよぎったならば、それは大きな心理的ストレスとなって、平常心を奪う。
元来、コントロールに難がある投手とは、そういうものだ。私の経験を話させていただくならば、日本ハム時代にバッテリーを組んだ柴田保光さんは、西武時代に制球難に苦しんでいた。それがオーバースローをサイドスローに変えたことが契機となり、以来球速は落ちたがシュート、スライダーを巧みに操り、特に西武キラーとして、活躍された。
柴田さんと制球について話したことがあった。柴田さんは「まさかここまでコントロールできるようになるとは思わなかったよ」とおっしゃっていた。何が、きっかけになるか、それは誰にもわからないのだなと、私は捕手として、投手が抱える制球難の奥深さを、垣間見た思いがした。
だからといって、藤浪が投げ方を変えれば何かヒントがあるなどという、短絡的な視点でものは言いたくない。そんなことを含め、あらゆるトライをしてきたはずだ。その上で、生命線である球威を軸として、今もこうして苦しんでいるのだろう。
制球が乱れる自分が悪いという思いも抱えて投げているのではないか。むろん、その剛速球ゆえに、是沢ばかりでなく、どの打者も藤浪の抜けたボールの恐怖は常に念頭にあるはずだ。私も死球をいくつか受けたが、予感がする時もあった。その時は、投手の手からボールが離れた瞬間、こちらに向かってくる気がして、体がこわばった。
18・44メートルは、あっという間だ。避けられるか、体に浴びるか、それは一瞬で決まる。ましてや、155キロともなれば、逃げる心づもりをしながら、踏み込んで打ちにいくことは、1軍主力打者でも苦労する。打者目線からすれば、それだけの危機感がある。
そして、捕手目線で言わせてもらえば、古賀に死球を与えた直後、次打者の初球に同じ球種を選んでいる。結果として、同じように引っかけて乱れ、あわや連続死球という軌道だった。ただ、それはもろ刃の剣だ。
続けることで、制球が回復すれば、それは藤浪にもわずかばかりの自信となり、半歩前進となる。その希望があるから、古市はスライダーを選択し、藤浪もトライしたのだろう。方や、古賀に死球を与えたことを予兆として考えるなら、まずストライクを取ることで、落ち着きを与えるという考え方もあったはずだ。古市はいくつかの選択肢の中から、2球続ける配球を選んだのだと思う。
私ならどうするだろうと、考えた。まず、古賀に死球を与えたメンタル面での負の連鎖を断ち切るために、真っすぐでも、ツーシームでも、この日もっともカウントが取りやすいボールで、いったん落ち着かせたいと考えたかもしれない。だからといって、藤浪の中で頭をもたげた乱調への不安を打ち消すことができるか、それは試してみるしかない。それも、藤浪は何度もやってきたはずだ。
こうして、思いを巡らせていた私は、最後にファン目線で感じたことがずっと心に残っていたことに気づいた。古賀に死球を与え、次打者に3ボールとなった時、スタンドから拍手と声援が起こった。
その意味を、私は瞬時に理解した。ファンは応援していたのだ。崩れかけている右腕に、踏ん張ってほしいという願いを込めて拍手を送り、それが球場で共有されていた。どんな思いでそれを聞いていただろう。
フルカウントになって、投手への激励の拍手・声援は何度もあるが、3ボールでのこうした光景は初めてだった。横須賀のファン気質かもしれない。あるいは、西武ファンの方も、同じ思いで拍手・声援を送っていたかもしれない。非常に珍しく、私の心に強く残った。
素晴らしいピッチングに対し、最大の賛辞を送るのも胸が熱くなる。そして、この日私が感じたものは、崩れかけた剛球投手に注がれた拍手にこそ、ファンが支える未完の大器への熱い思いだった。
残酷な言い方になるが、答えを出すのは藤浪だ。最後は1人の投手として、マウンドでその恐怖に立ち向かい、腕を振るしかない。ただ、藤浪が挑むその瞬間、決して孤独ではない。それは忘れないでほしい。ファンは待っている。
ピッチングのメカニックとか、メンタルとか、データ解析とか、いろんなファクターが選手を後押しする。そして、この横須賀スタジアムで背中を押してくれたファンの声援もまた、他の何よりも大きな力となって、藤浪の大きな背中を押してくれる。私はそう信じたい。(日刊スポーツ評論家)





