プレーバック日刊スポーツ! 過去の8月9日付紙面を振り返ります。2003年の野球面では、今治西の「義足の三塁手」曽我健太内野手が初めて甲子園でプレーし、1回戦を突破したことを伝えています。

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<全国高校野球選手権:今治西6-0日大東北>◇8日◇1回戦

 今治西(愛媛)の義足の三塁手、曽我健太(3年)が夢舞台で堂々のプレーを見せた。初打席では惜しくもアウトとなったが強烈な三塁ライナーで観衆を沸かせた。守備でも2つの三塁ゴロをきっちりさばき、日大東北(福島)に6−0と完封勝ち。22年ぶりとなるチーム通算15勝目に貢献した。

 軽快な足取りで黒土をけって、曽我はあいさつの列に加わった。前夜の雨で水気を含んでいても、最高のグラウンドであることに変わりはない。小3のときから野球を始めて以来のあこがれの地で、1万人の観衆を前にプレーした。3打数ノーヒット、2三振に終わりはしたものの「緊張することなく、平常心でプレーできました。甲子園は最高にプレーしやすい球場ですね」と喜んだ。守りではゴロを2度処理し「焦らずにやれましたね」と振り返った。

 事故で5歳のとき、左足首を失った経緯は、もはや全国の人の知る話となった。「入院中はなぜかバナナの形をしたパンが食べたくて、食べたくて…。父にせがんだことを覚えています」と当時を思い出す。結局見つかりはしなかったものの、必死に探し回ってくれた父・和久さん(43)の愛情は今も大きな支えだ。その父の勧めで野球を始めた曽我少年。初めて入った少年野球チーム「近見クラブ」では、最初は球拾いばかりで退屈したこともあった。「学年が上がるごとに試合にも出られるようになって、足の違和感もなく動くことができました。試合に出られたらどこでも楽しかったんです」と徐々にのめり込んでいったことが、甲子園出場への原点だった。

 左足を高く上げるフォームから、愛媛大会では強打の今治西ナンバーワンの5割7分1厘、9打点という数字をたたき出した。甲子園初ヒットこそ次戦に持ち越したが「しっかりボールを見極めて、次こそヒットを打ちたい。1試合に1回はチャンスが回ってくると思うんで、それをしっかりものにします」と前を見据えた。全国で起こる称賛の声にも「意識はしません」とわが道をゆく。次戦では、安打を放って勝利に貢献してみせる。