甲府城西が接戦を制して決勝に勝ち上がり、現校名では秋も含めて初の関東大会出場を決めた。初回、2死から3番渡辺秀喜外野手(3年)が三塁打。2死三塁だったが、4番長田輝哉内野手(3年)は心の準備ができていた。

長田 相手の裏をかくことをやってきました。2死三塁でバントは試合で何度もやってきてましたから、予想していました。なるべく投手と三塁の間に転がそうと狙いました。

狙い通りのバントに、日川の守備陣は乱れ、先制に成功(記録は一塁失策)。さらに連打を浴びせ、渡辺秀の安打から7球で3点を奪った。これで主導権を握り、エースの末木賢也(2年)が137球2失点の力投で日川打線をかわした。統合前の機山工時代にはあるが、現校名となった97年以降では初の関東切符。末木は「勝って歴史を変えたかった」と右肘をアイシングしながら、淡々と話した。

甲府城西での過去最高成績は、15年夏の県決勝で東海大甲府に3-4で惜敗した準優勝だった。宿沢元樹監督(44)は「野球は難しいです。宿題をいただいた中、勝つことができました。明日(4日)は大企業の山梨学院さんとの決勝です。生徒が怖がったら0-20でしょう。我々のような(公立の)中小企業は、この日の日川さんのように中小企業同士はきついんですが、大企業相手になると楽に戦えます」と期待した。公立校を中小企業にたとえ、控えめに関東大会初出場の実感をかみしめていた。【井上真】