めずらしい「両投げ」の大阪桐蔭・徳丸快晴外野手(2年)が「3番一塁」で先発した。

一塁ミットを左手にはめ「右」でスローイングした。

物心がついたときからどちらの腕でも不自由なく投げられた。野球を始めた当初は右が基本だった。小学校高学年の故障をきっかけにメインを左投げに。中学の大阪柴島ボーイズでは投手をやるときは左、二塁を守る時は右だった。強いスローイングができるのは左だ。今春の甲子園では全4試合で右翼を守り、左から安定した送球を繰り出した。

なぜ一塁に入ったこの日は右だったのか? 徳丸が説明した。「もともと右の内野手だったので、細かいステップとかは右投げ(のやり方)が染みついていて、ちゃんとできます。内野で左投げにすると、足の出し方とか、わけが分からなくなるんです。外野ならそんなにステップを気にしなくていいんですけど」

西谷浩一監督(53)は「僕は一塁でも左投げでいいんじゃないかと思ったんですが、本人に聞いたら右の方がうまいと。なら、そうしろって言いました」と笑みを浮かべた。

大阪桐蔭では12年に春夏甲子園連覇した際の主将だった水本弦さんが両投げだったが、高校の途中から本来の左投げに専念した。まだ2年生の徳丸には今後、三塁を守るプランもある。その場合は当然、右だ。「三塁もできるようになりたい。守れるポジションが多ければ出場機会も増えるから、いいと思います」。両投げのメリットを生かそうとしている。【柏原誠】