青木尚龍(よしろう)監督(59)の「この打席が最後と思うな。決めてこい」の言葉をかみしめ、神戸国際大付・津嘉山(つかやま)憲志郎投手(3年)は3点を追った9回1死二塁の打席に立った。恩師の信頼を、最後まで感じた。三塁ゴロで終わっても、涙とは無縁の夏になった。

運命の転機は、昨夏だった。1年夏から主力投手になり「(昨年の)8月までは結構調子がよかったんです」と練習試合の登板の中で成長を感じていた。だが8月の練習試合で、右肘に異変が起きた。何度か専門家の判断を仰ぎ、最終的には肘の権威の診断で手術が必要なことを知らされた。

「自分の中で、そこの痛みっていうのはなんとなくわかっていたりしたんで。(手術と)言われる前からそういうときもあるのかなと考えていったので。落ち着きはありました」。衝撃の通告を受け止める覚悟ができていた。昨年11月、トミージョン手術を受けた。

「11月に手術したら、ぼくが(翌年の)夏に投げることはほぼ、ない。そこでできることといったら、バッティングでチームのために活躍できるかなって。他のところでチームに貢献できるようになればいいかなと思いました」。ここ一番の代打で生きると決めた。

「エース津嘉山」を信じてくれていたチームメートには行動で示した。1年のときから時間前行動を心がけ、常に率先して動いた。手術後も変わらない態度が、チームメートの不安を拭っていった。「手術をすることになったとき、みんな半信半疑だったんですけど、いろいろと話もしながらやっていく中で、励ましの言葉ももらった。ぼくも次に向けて頑張ろうという気持ちになれました」。高校最後の兵庫大会。主将として、常にみんなが落ち着く言葉を考えていた。投げられなくても、エースは常にチームとともにいた。

ブルペン入りは8月の予定。もう1つの夢、プロで活躍する夢が待つ。「やってよくなる手術。プラスに考えて前向きにやっていこうと決断しました」。信頼してやまない恩師と話し合い、決めたことだから、そう言い切れた。【堀まどか】

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