“早稲田の佑ちゃん”が大阪で登場した。24年夏に準々決勝で大阪桐蔭に敗れるも8強入りした早稲田大阪が7回コールド勝ちで初戦突破を決めた。
6回2死二、三塁では、代打で「斎藤佑樹」内野手がアナウンスされた。06年夏にエースとして早稲田実業で甲子園Vに導き「ハンカチ王子」として一世を風靡(ふうび)した斎藤佑樹氏と同姓同名。母親が同氏のファンだったことから名付けられた。「その誇りというか、思いも背負っています」。
えんじ色で「WASEDA」の文字が刻まれたユニホームを身にまとう。「大阪に住んでいて『早稲田』という名前に憧れていて。入りたいというのは幼い頃から思っていました」。実際に入学すると、早稲田としての誇りや在り方の指導さを受け「やっぱりこの早稲田のユニホームは重いな」と感じた。
打撃が得意なことから投手ではなく野手を選んだ。ポジションこそ違えど、憧れる気持ちは変わらない。斎藤氏の06年夏甲子園での映像をみて「決勝の延長、再試合と2試合ともずっと1人で投げ抜いている姿を観て『かっこいいな』とずっと憧れていました」。
打席結果は左飛となったが、身長166センチと小柄ながら力強いスイングをみせ、早稲田の誇りである「全力疾走の徹底」を実行。
偉大な同姓同名の斎藤氏への尊敬を込め、周りからは「斎藤佑樹」とフルネームで呼ばれるという大阪の佑ちゃん。「斎藤佑樹という名前で早稲田を背負えてとてもうれしい」。大阪で一番長い夏にするべくスタートを切った。

