プロ野球の大洋(横浜、現DeNA)、近鉄で主に救援投手として活躍し、脳腫瘍からの復活で「奇跡のリリーバー」と呼ばれた盛田幸妃(もりた・こうき)氏が16日午前、死去したことが分かった。
全盛期は剛球と鋭いシュートで打者を苦しめた盛田さん。重病と大手術を乗り越えた後、完全に復活することはなかったが、マウンドでは投げる喜びと感謝にあふれていた。「球が速くないので」と繰り返した右腕が醸していたのは悲愴(ひそう)感でなく、持てる力で抑えようという意欲だった。
復帰して3年目だった2001年。強力打線が投手陣をカバーして優勝した近鉄で、中継ぎとして34試合に投げて2勝を挙げた。防御率は7点台。それでも武器のシュートはしばしば右打者を詰まらせ、カムバック賞に輝いた。
その年の7月、故郷の函館で行われたオリックス戦。母ミヤ子さんが「期待より心配が先に立ちます」と観客席で見守る中、登板した。本人が「引退試合かと思った」と照れ笑いを浮かべる大歓声。自らを支えてくれるさまざまな存在を、誰よりも強く意識していた。
闘病を経験して「稼ぐための仕事」だった野球は「夢や感動を与える職業」に変わった。大病を克服した姿を少しでも世間に見てもらうことが大きな目的だった。オールスター戦にファン投票で選ばれた時も「病気のおかげ」と、自ら言った。
その翌年、現役を退いた。「人と違う経験ができた」と気丈に語っていたが、病との闘いからは解放されないまま13年。強烈なシュートの軌跡と不屈の闘志を野球ファンの心に残し、力尽きた。



