バッキー氏は打のバースに並ぶ最強外国人/吉田義男

バッキーが入団テストで甲子園を訪れた日のことは、はっきりと覚えています。カイザー田中(元阪神監督)の紹介で、ラッキーゾーンにあったマウンドで投げました。

1964年(昭39)の逆転リーグ優勝は、バッキーの活躍なくしては語れません。ニューボールが嫌いで、常にキズのついたボールを選んで投げていました。さらに土でこね、低めの球が動くので、私の守るショートによくゴロが飛んできました。

その年のバッキーは、29勝(9敗)で最多勝、最優秀防御率。チームが優勝したので、MVPにふさわしい活躍でした。だが、選ばれたのはシーズン55本塁打をマークした王(巨人)で、バッキーには気の毒でした。

来日した時は新婚でした。甲子園近くの文化住宅を借りましたが、ワンルームで外国人の2人暮らしは狭く、カベをぶち抜いて2つの部屋をつないで暮らしていました。

東京遠征で後楽園球場近くの清水旅館に滞在した時は、バーンサイドと相部屋でした。ふすまで仕切られた畳部屋に布団を敷き、浴衣姿で寝てました。ジャパニーズスタイルに不平も言わず、異国のしきたりになじもうとしていました。

日本文化を理解しようとする姿が印象的で、それが成功につながったのでしょう。阪神歴代外国人の最強は、打のバース、投のバッキーでしょう。懐かしいし、寂しい。愛すべき助っ人でした。(日刊スポーツ客員評論家)

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