桧山進次郎氏「ずっと無視」人生変えたノムさん感謝

プロ野球南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天でも指揮を執った野村克也(のむら・かつや)さんが11日午前3時半、虚血性心不全のため死去した。84歳だった。

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元阪神・桧山進次郎氏(日刊スポーツ評論家)「ぼくの人生を変えた恩人です。野村さんの教育は「無視・称賛・非難」が基本でしたが、ぼくはずっと『無視』の部類でした。でも阪神監督の最終年になった01年は『4番』を任せられ、プロ入り初めて打率3割に乗せた。その後の広島市民球場で監督室に呼ばれて『よぉ頑張った。おめでとう』と褒められました。前年00年出場機会が少なくても腐らず練習を続けたことを監督は見ていてくれたのかもしれません。野村さんから認められた瞬間だったのです。『考えるということは、相手が何を考えているかと考えろ』と教えられました。野村さんとの出会いは、大人になれた出会いでした」