阪神矢野監督もセンバツに出場できなくなった球児を思いやった。

「みんなそこを目指してやってきたと思う。いろんな複雑な思いを持って、甲子園に出るチームの子たちは聞いたと思う。言いようもないけど、夏にぶつけるような気持ちで、また頑張っていくしかないと思うしなかなか言いようが難しい…」。

桜宮時代は甲子園の土を踏めなかったが、球児の先輩として胸を痛めていた。