阪神は13日、大阪市内の阪神電鉄本社で取締役会を開き、元球団社長の南信男顧問(65)が退団する人事を決定した。
07年から15年まで球団社長として9シーズン手腕を振るった名物フロントマンの1人。伝統球団で重圧を背負った歴代監督とは清濁併せのむ間柄でバックアップした。吉田義男、村山実、中村勝広ら生え抜き監督の側近としても外圧からの「壁」となり「潤滑油」にもなった。
77年に阪神電鉄に入社し、87年から球団に出向。球団社長としてチーム強化の編成から営業面まで全般を仕切ったのは、営業部や広報部などを渡り歩き、低迷した暗黒時代を知るたたき上げの経験があったからだろう。甲子園球場長などを歴任し、米大リーグ視察は球場リニューアルの指針にもなった。
マスコミと丁々発止でやり合ったのは、普段から「取材する側」「取材される側」の立場を理解し合った関係が構築できていたからだ。15年オフは金本監督誕生に関わり、球団顧問としてアシスト役に回った。
甲子園球場の外周にある「永久欠番」の藤村富美男、吉田義男、村山実らのレリーフ設置なども提案した。OB会と親密な関係を保ってきたように、常に阪神の伝統と歴史を重んじる人物だった。【寺尾博和】
◆南信男(みなみ・のぶお)1954年(昭29)12月生まれ、兵庫県出身。77年阪神電鉄入社。87年7月に阪神球団に出向し、営業部課長、広報部次長などを歴任。94年11月復職。00年甲子園球場長。01年レジャー事業部長。04年7月から常務取締役として球団に再出向。06年専務。07年6月社長就任。08年阪急阪神ホールディングス並びに阪神電鉄取締役就任。15年オフに社長を退任し、顧問。



