18日に脳腫瘍のため28歳で亡くなった元阪神外野手・横田慎太郎さんの通夜が21日、鹿児島・日置市内で営まれた。法名は「釋光慎」。遺影には19年の引退試合直後に撮影された写真が使用された。ユニホーム姿で笑顔の1枚。「やり切った笑顔で、迷いなくこれで決まりました」と姉真子さんが選んだ。

ドラフト同期入団の梅野ら元同僚、他球団の選手をはじめ、16年開幕戦でスタメンに抜てきした当時の監督である金本知憲氏、入団当時の監督である和田2軍監督、現1軍監督の岡田監督ら、多くの関係者から花が届けられた。野球場でデザインされた祭壇には、現役時代に背負った背番号24のユニホーム、白と黄色の花で作られた阪神のロゴも飾られた。

阪神の宮脇ディレクター、スカウト、球団OBらが続々と参列。1000人以上が弔問に訪れ、横田さんとの別れを惜しんだ。父の真之(まさし)さんは「最後の最後まで、苦しむことなく、痛がることもなく、1日でも長く生きたい、最後まで頑張ろうという姿を見せてくれました。たくさんの人に慎太郎をかわいがっていただき、最後まで見守っていただき、本当にありがとうございました」とあいさつした。

兄貴分たちは悲しみに暮れた。先輩として横田さんをかわいがった球団OBの中谷将大氏は「いろんな思い出がありすぎて…、お疲れさま、ゆっくり休んでほしいとは思いました」。2学年上の先輩だった松田遼馬氏は「いい経験も下積みもやってきた仲間以上の思い入れが深い選手」と思いを込めた。告別式は、22日午前11時から同市内で行われる。

▽元阪神・一二三慎太氏(現役時代に投手から野手に転向し横田さんと切磋琢磨(せっさたくま))「一緒に強化選手だったので、笑って声を出してやってるところに救われた。僕は心が折れかけてたけど、横田に負けんようにって、なっていました。変わり果てた横田を見ると、すごく頑張ったんやなと、とにかくお疲れさまと言いました」

▽元阪神・西田直斗氏(横田さんの2年先輩)「野球が休みの日は一緒に買い物に行ったりとか、思い出はあったんで、まだ信じられない。野球をやめてからヨコに会えなかったんですけど、今日は絶対会いたいと思ってたので、会えてよかったですね」