中日と日本ハムのセパ2球団で中軸打者として優勝に貢献し、75年にはセ・リーグ最多安打を記録した井上弘昭(いのうえ・ひろあき)さんが8日午後11時20分、出血性ショックのため岐阜県多治見市の病院で死去した。81歳。大阪市出身。
北陽から電電近畿(NTT西日本)に進み、67年ドラフト1位で広島入団。73年に中日に移籍し、74年のリーグ優勝に貢献。81年に日本ハムに移籍し、同年優勝。85年にコーチで入団した西武でシーズン途中に現役復帰。10試合に出場し引退した。実働18年、通算1531試合、1058安打、517打点、155本塁打。引退後は野球解説者や92年から中日コーチも務めた。
葬儀・告別式は10日午後1時45分から岐阜県多治見市池田町7の13の3「美・エピローグ」で。喪主は次男の拡幸(ひろゆき)さん。



