声がかれるまで声を張る西武ファンの時が止まった。野球の音と、わずかばかりの虫の声。静寂のベルーナドームに軽やかな打球音が響く。そこにいる全員が、2152安打目の打球音を聞いた。一気に107デシベルがはじけ飛んだ。
「えっ?」
記者から伝えられるまで、栗山巧外野手(42)は静寂を知らなかった。「そこまではさすがに」。集中力の象徴のようなバットマンが、最後の最後は静寂が分からないほどの境地にいた。「おかわりが代打コールされた時の声援がすごすぎて、寸前で持っていかれたなと」と笑いに持っていった。
8回、長谷川の大飛球がファウルからリプレー検証で本塁打に代わり、現役最後の打席が回ってきた。「状況関係なく回ってくるもんだと思っていました」と言い切れる星の強さが、最後にも発揮された。「よく思い切っていけたなと。全員が僕の味方で『栗山、1本打ってくれ』という状況で打たせてもらった、最高の1本ですね」と心底うれしそうな顔をした。
2月の春野キャンプ。静寂の室内練習場でバットを振った。40メートル離れたところでファン18人が見守った。それでも静かすぎて、誰もシャッターを押さなかった。「神社のお清めのよう」と表現する女性がいた。栗山も「騒ぐ場所じゃないからね」と静寂さに感謝した。冷静と情熱。栗山巧を象徴するかのようなキーワードが最後の日も訪れた。
引退スピーチ。楽天ファン、岸、球団、スタッフ、夏休みの最後に子どもファンを連れてきた親…多くの人に感謝してから、栗山はレフトスタンドを向いた。
「ライオンズファンの皆さん、苦しい時も楽しい時も、支えてくださって、本当にありがとうございました。いろいろと温かい言葉をかけていただき、熱いまなざしを受け、そのたびにここで一本打ちたいと、執念を燃やしてきました。寂しさはありますけど、今ここにいる若手たちがこの寂しさを吹き飛ばすくらい大活躍をして、日本シリーズに連れて行ってくれると思います」
明確に息継ぎをした。
「25年間、ライオンズの栗山であり続けました。今もこれからも、ライオンズの栗山です」
場内を歩く。レフトスタンドから何千回と聞いてきた「いざ栗山」の応援歌が流れる。チャンステーマ4の熱唱も始まった。愛するファンたちが泣きながら歌う姿をじっと眺めたり、こらえきれなくなったり。
「もう、これ聞けなくなるんかって。チャンスで打ったり、凡退したり、いろいろ思い出しながら聞いてましたね」
バットを置き、ユニホームを脱ぐ。ファンが家路につき、虫の声しか聞こえないベルーナドーム。愛する家族に囲まれながら、栗山巧が終着駅に着いた。【金子真仁】



