国の違いを超えて-。侍ジャパン栗山英樹監督(61)は韓国のある投手のことを気にかけていた。キウムの安佑鎮(アン・ウジン)投手(23)は韓国球界を代表する右腕だが、過去の事件の影響で代表入りしていない。指揮官が「魂と魂のぶつかり合い」と表現する韓国戦の前に、あふれる思いを語った。

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ひょっとしたら、この日の相手マウンドに立ったかも知れない若者を栗山監督は気にかけていた。安佑鎮。昨季キウムで15勝8敗、防御率はリーグトップの2・11。韓国球界を代表する右腕でありながら、代表には選ばれなかった。1月の選考漏れを聞き「ダメだったか。残念だ」と思った。

安は高校の頃からメジャーにも注目された逸材。17年6月のドラフト1次指名でネクセン(現キウム)入りするが、同8月に過去の事件が報じられた。高校時代に後輩に暴力をふるったというもの。同11月には大韓野球ソフトボール協会から3年間の資格停止と大韓体育会主管の国際試合への永久出場停止が科され、ネクセンからも50試合の出場停止を言い渡された。

プロのスタート時点で代表への道を閉ざされたが、WBCは主管が異なる。代表入りは可能ではあった。そのような状況の中、昨年10月に栗山監督はキウムの試合を視察。韓国メディアに安のことを聞かれ「若者が野球を通じて世界に羽ばたくことを望んでいます」と発言し、注目された。また、被害者とされる4人のうち3人が「暴力はなかった」と主張。風向きが変わりつつあった。

だが結局、安は選ばれなかった。もし選ばれていれば、栗山監督の発言が韓国世論の後押しにつながったと言えたかもしれない。そうなれば、結果的に“敵に塩を送った”ことになっていた。

栗山監督の思いは全く違う次元にあった。「その国の皆さんが考えることだし、どういう暴力事件、経緯があったか全然分からない」と前置きし、真意を語った。

「人っていうのは、いろんな失敗やミスをする。それをそのままにせず、反省することで良くなるし、変われると信じてる。ミスをなんとか取り返して、人のためになれるということを若い人たちに与えてあげたい。そういう度量、懐の広さによって、人は大きくなっていくと思っている」

仮に安が選ばれ日本戦に投げ、それで敗れたら…。

「俺、バカだなあ。でも、良かったなあという。そういう人が出てこなくて、負けちゃうのは余計、嫌だから。日本からしたら、いいピッチャーが出てこない方がいいに決まってる。でも、そんなレベルでものを考えてるわけじゃないから。そんなことよりも、いいピッチャーが出てきて、いい大会にして、それをやっつける。国は違うかも知れないけど、1人の人生が、若い人の人生が、いいものになって欲しいなと思うだけだから」

韓国戦が「肝になる」と話していた。ただ、損得勘定抜きに、野球は若者に夢を与えるものでありたい。真っ向からぶつかり、勝負を決したい。純粋な思いとともに、これからも戦っていく。【古川真弥】

◆安佑鎮(アン・ウジン)1999年8月30日、ソウル生まれ。17年ドラフト1次指名でネクセン(現キウム)入団。18年デビュー。昨季15勝8敗、防御率2・11、224奪三振で最優秀防御率と最多奪三振の2冠。通算34勝28敗、14ホールド2セーブ、防御率3・47。192センチ、90キロ。右投げ右打ち。