昨年大みそかのことだった。舞台は大阪。山本隆寛(25=井岡)は華々しく、東洋太平洋バンタム級初防衛を飾った。当時の同級14位ストロング小林佑樹(六島)に2回TKO勝ち。最高の形でWBA世界フライ級タイトルマッチを控えていた兄貴分の井岡一翔(井岡)へ、バトンを渡した。

 あの日の取材ノートには、山本の試合内容を記したメモの横に「内藤大助」の文字がある。数人の記者に発した試合後の談。そこに偶然、元WBC世界フライ級王者内藤大助が通りかかった。「山本くん、良かったね!」。「いえいえ、まだまだです」。技術的なアドバイスを授けた後、内藤は「ごめんね! つい、いろいろ口出しちゃって。本当に頑張ってね!」と手を振り、エレベーターに乗り込んだ。山本は丁寧に頭を下げた。「内藤さん、僕みたいなのに、わざわざありがとうございました。失礼します」。直立不動だった。

 ずばぬけた運動能力は、兵庫・宝塚市で過ごした少年時代から光っていた。体育のサッカーでは俊足を生かしてFWが定位置。バック転も朝飯前だった。中学3年時の体育大会のフィナーレは「1つ上の先輩たちを超えたい」と仲間と組み体操の4段やぐらを計画。安全面を心配する先生と意欲的な生徒のせめぎ合いで人選に苦慮する中、山本はケロリと「俺が、一番上をやるわ!」と手を挙げた。人間4人分の高さとなったやぐら。本番、その最上段で山本は堂々と右拳を掲げた。

 恐れ知らずで突き進む行動力はこの頃から育まれていた。高校入学後にボクシングを始め「世界チャンピオンになる!」と宣言して中退。後に井岡ジムの門をたたいた。今月11日。東洋太平洋3度目の防衛戦で、山本は挑戦者マーク・ジョン・ヤップ(六島)に5回TKOで敗れた。世界挑戦への道は足止め。ズシリと重みのある黒星だった。

 「悔しいけれど、俺がやることは1つしかない。ボクシング。これで終わるようならそれまでやから。負けで得るものも大きいから」

 中学時代、合唱コンクールではクラスの中心で合唱曲を歌った。照れくささを示す友人を、自ら引っ張った。いかつい風貌から少し想像できないかもしれないが、周囲に愛され、応援される人柄が最大の武器だろう。内藤を前にした山本の謙虚さも「言葉だけ」ではない。18勝(15KO)5敗。一筋縄ではいかないが、座右の銘「栄光に近道なし」の文字通り、今こそ突き進む行動力が問われる。その姿勢がある限り、必ずや周りも最大限のサポートをしてくれる。

 今年の大みそか。兄貴分の井岡一翔は島津アリーナ京都で4度目の防衛戦に臨む。そこにバトンを渡す一戦が、山本が4位に名を連ねるIBF世界バンタム級の14位大森将平(23=ウォズ)が王者リー・ハスキンス(32=英国)に挑む世界戦となった。「これまで意識はなかったけれど、同じ関西やし(京都生まれの大森が)世界を取ったら意識すると思う。試合を見るのが楽しみ」。その数時間後には2017年がやってくる。持ち味の強気で攻撃的なボクシングを、来年もまた見たい。【松本航】