東前頭12枚目の獅司(29=雷)は、夏場所9日目に立ち合いで変化し、玉鷲に勝った。13日目には、朝白龍に駄目押しをしたとして、審判部に呼ばれて注意を受けた。思いがけず、悪役のようになってしまった。だが、実情を知ると少し見方が変わるかもしれない。
変化で勝った直後、場内はざわついていた。変化は反則ではない。ただ、対戦した玉鷲は、41歳の最年長関取で、初日から8連敗していた。玉鷲の右膝下から足首まではテーピングがびっしり施されている。ケガの状態が思わしくないことは明らか。場内は玉鷲を応援する空気が充満していた。
そんな状況での立ち合い変化は、容赦ない勝ち方に見えたのかもしれない。XなどSNSには、一部から厳しい書き込みがあった。「国に帰れ」などというひどいものもあった。
実は、獅司もケガをしていた。テーピングなどをしていないから、見た目には分からない。本人はケガを公言していない。師匠の雷親方(元小結垣添)によれば、獅司は左肩を負傷し、毎日のように痛み止めの注射を打って土俵に上がっていた。SNSでの批判は雷親方の耳にも入っていたが「ファンの方はいろんな意見があって当然なんでね。相撲って、奥が深いですよね」と、恨み節は一切口にしなかった。ケガのことは「書いちゃダメですよ」と何度か念押しされた。ケガを明かして、対戦相手に失礼になってしまうことを懸念していた。「場所後なら書いてもいいですよね?」とこちらからお願いして、了承をいただいた。
獅司が審判部から注意された件にも、事情がある。寄り切った後、朝白龍がまわしを離さなかったから、両者はもつれて土俵下に落ちた。朝白龍の危険な行為があったから、獅司は相手の胸を押したように見えた。どちらも褒められた動きではないが、朝白龍がまわしを離していれば、こんなことにならなかった。
獅司は取組後、審判部に呼ばれて、幕内前半の審判長を務めていた尾上審判部長(元小結浜ノ嶋)から注意された。だが、尾上審判部長に「注意していただきたい」と促したのは、同じ審判団に入っていた雷親方だった。
力士たちは向正面側に落ちていき、審判に入っていた雷親方は西の土俵下にいた。雷親方は、あの場面について「手を差し伸べてほしかった。あの時、獅司と目が合ったんです。『手を貸してやれ』って、ここまで言葉が出そうになりました」と言って、喉元に手をやった。
雷親方が尾上親方に促さなければ、獅司は注意されることもなく、ほとんどの人は気付かないくらいの出来事だった。それでもあえて弟子への注意をお願いした。なぜか。「これも獅司の勉強なので。若い衆の見本にならないといけないですから」。獅司の成長のため、心を鬼にしていた。
尾上親方が獅司に注意する時、雷親方は師匠として寄り添った。獅司は、まだ日本語が完璧ではない。分からないことがあれば、補足するつもりだった。
13日目の夜、部屋に戻った雷親方は、獅司にどう声を掛けたのか。「あんまり言うと元気がなくなってしまいますからね。『元気のいい相撲を取れよ』って言いました。焦りもあるんですよね」。
獅司にも生活がある。新十両に昇進した3年前「ウクライナは大変。関取になって、ママ、パパを助けます」と言った。その気持ちは今も変わりない。
今場所は6勝9敗で終えた。千秋楽の取組を終えた後、獅司に13日目のことを聞くと「やるつもりはなかった。(審判部に)言われたから、気をつけます」と言った。ケガについては「明日、病院に行きます」とだけ言った。
力士はどうあるべきか、この師弟は体現しようとしている。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)


