名王者の懐の深さがかいま見えた。

 3月に引退したボクシングの元WBC世界バンタム級王者山中慎介さん(35)の引退セレモニーが25日、中野区役所で開かれた。日本歴代2位、12度の防衛を重ねる偉大な王者となる前の09年から居を構え、故郷の滋賀県に続く「第2の故郷」となった東京都中野区。2度の引っ越しも同区内で、16年には制定されたばかりの名誉区民にも選出されている。

 縁深く、この日からガウンやトロフィーなどの引退記念展示が同区役所で始まったのに合わせ、セレモニーが開かれる運びとなった。平日、それも大雨の午後1時。それでも会場となった議場には次々に「区の英雄」と見ようと人が詰め掛けた。会場に入れない人も出るほどで、山中さんも「毎試合駆けつけてもらい、応援が力になりました。ありがとうございました」と花束片手に感激したように謝辞を述べた。

 昨年8月、日本記録の13度目の防衛に挑んだルイス・ネリ(メキシコ)との試合でプロ初黒星。その後に相手のドーピング陽性反応が発覚するなど、いわく付きとなった因縁の相手との再戦は3月。意図的に思える大幅な体重超過で前日計量失格となり、体調面での大きな差は明らかに、2回TKO負けで引退を決めた。

 そんな幕切れは決して本人の望んだものではないが、この日は「最後の2試合はしょーもない相手と当たり、良い結果出せませんでしたけど」と自ら言及した。周囲が気にしそうな話題を自ら持ち出し、それも「しょーもない」とほほ笑みながら口にする姿に、会場の空気が和らいだ。それは度量の広さを感じさせるスピーチだった。

 その後も、「らしさ」は続いた。5月11日までの展示に「あった方がいいでしょ」と、WBCベルト、米老舗専門誌「リング誌」選定のベルトを加えることを提案。田中区長は「これは警備を考えないといけない」とうれしい悲鳴で感謝した。

 現役時代から、謙虚さと思いやりとユーモアを兼ね備えていた。それが世界王者を一層魅力的にしていた。

 「第2の人生はボクシングでお世話になった人に恩返しなどを含めて、積極的に何でも取り組みたい」

 いまはどんな道を進むのかは本人も分からないという。これからも変わらぬ性格で、より魅力的になっていくのではないかと勝手に思っている。【阿部健吾】