降格がなく、勝ち続けることが使命の横綱は神にたとえられる。稀勢の里は違った。横綱昇進後、これからという時にケガに泣く。休場と敗戦が続いた。そして引退。涙涙の引退会見。勝った負けたを超越した、人間味のある神だったからこそ、これほど愛されたのではないか。

強さの一方で、大関時代もここぞで負けることが少なくなかった。愚直に一番一番、真剣勝負を挑む姿に自らを重ねた。マラソン、駅伝は人生にたとえられることがあるが、稀勢の里の逆境を乗り越え、横綱になった姿はまさに波瀾万丈の人生ドラマで共感できた。

引退後は親方になるという。良い指導者になるはずだ。横綱と比ぶべくもないが、自分も実業団(中国電力)入社直後に右足首を負傷。華やかな活躍とは無縁のまま5年目で引退した。だが、その挫折は指導者としていきている。

箱根に出られる選手はわずか。多くの控え、ケガ人の気持ちをいかに1つにするか。トップランナーだったらできていなかったかもしれない。ケガをして耐えた横綱の2年間は、絶対に将来にいきる。栄光と挫折を知った稀勢の里だからこそ、良い力士、人間を育てられると思う。

子供の頃から相撲好きで、今も両国国技館に見に行くし、NHKの解説席に座らせてもらったこともある。中卒たたき上げで、振る舞い所作がお相撲さんらしかった稀勢の里には、遠くから見ても抜群のオーラがあった。もう土俵上で見られないという現実を受け止められない自分がいる。

◆原晋(はら・すすむ)1967年(昭42)3月8日、広島県三原市生まれ。青学大陸上部監督。新年の風物詩、箱根駅伝で18年まで4連覇に導く。今年は2位。