クロード・ルルーシュ監督の「男と女」が公開されたのは、大橋巨泉さん(享年82)が「11PM」を始めた66年だ。
当時10歳の私にとって「11PM」はこっそり見るものであり、ルルーシュ作品は手が届かないものだった。ともに思春期の「憧れの存在」だった。
実際に「男と女」を見たのは中学に入ってからで、日比谷の映画館のリバイバル上映だった。当時の劇場はロードショー館、ちょっと遅れて新作をかける2番館、旧作専門の名画座に分かれていたが、注目の作品のリバイバルはロードショー館に掛かることも多く、この作品は大型スクリーンで見た記憶がある。
主演のアヌーク・エーメとジャン=ルイ・トランティニャンはともに30代半ばに差し掛かっており、中学生にはおじさんとおばさんにしか見えなかった。ロードショー館で大枚をはたいたにも関わらず、残念ながら「大人の恋愛」に感情移入できなかった。「ダバダバダ」のスキャットが印象的なフランシス・レイの音楽ばかりが耳に残った。
ルルーシュ=レイのコンビは、「パリのめぐり逢い」(67年)「白い恋人たち」(68年)と続き、「男と女」と合わせた3曲は、「映画音楽全集」的なアルバムを買うと必ず入っている定番だった。昭和30年代生まれにとって、コンビが織りなすムーディな映像と名曲はプレ青春時代のほろ苦い思い出に重なっている。
そのルルーシュも76歳になり、84歳でなおかくしゃくとしたレイと再びコンビを組んだのが「アンナとアントワーヌ」(9月3日公開)である。

- 生き神様アンマ(右)が2人の恋の行方を握るカギに。「アンナと生き神様アンマ(右)が2人の恋の行方を握るカギに。「アンナとアントワーヌ」の一場面 (C)2015 Les Films 13 - Davis Films - JD Prod - France 2 Cinema
若き日のレイを投影したような映画音楽作曲家のアントワーヌは、インドの著名監督とのコラボのためにニューデリーを訪れる。歓迎の夕食会では駐印フランス大使夫人のアンヌと意気投合する。会話は不思議なほどかみ合い、笑いの絶えなかった2人だが、アントワーヌには求婚されたばかりの恋人がおり、アンヌも大使との夫婦関係は良好だった。
互いに「感じのいい人」で終わってしまうはずだったが、ひょんなことから同行した2日間の巡礼の旅で2人の間には後戻りできない感情が芽生えてしまう。
アントワーヌ役のジャン・デュジャルダンは44歳、アンヌ役のエルザ・ジルベルスタインは47歳である。「男と女」から50年、平均寿命も健康寿命もぐんと伸び、こちらも年輪を重ねたからだろう。中学時代にはぴくりともこなかった「中年の恋」が染みる。
好意が恋愛感情に転じる心のヒダ。互いに気付かない振りをしながら、自分の気持ちはだませない。「俺たちまずいことになっている」。告白もキスの交歓もないうちにつぶやく男のセリフが妙に新鮮だ。体より気持ちが先に立つ恋愛映画の王道は陳腐にも思えるが、ルルーシュは現実と妄想を巧みに織り交ぜ、年がいもなく引き寄せられる。
サイレントの「アーティスト」(11年)で、表情だけで引き込んだデュジャルダン。ジルベルスタインの方もデビュー間もない頃から仏セザール賞を賑わせた巧者だからそつがない。
沐浴(もくよく)するアンナの姿に劇中のアントワーヌ同様に目を奪われ、指先の細やかな動きにいつの間にか見入ってしまう。ジルベルスタインはかめばかむほど味が出る人だ。プレイボーイのアントワーヌが深いところで心をつかまれる成り行きに説得力がある。

- エルザ・ジルベルスタイン(左)とジャン・デュジャルダン(「アンナとアントワーヌ」の一場面 (C)2015 Les Films 13 - Davis Films - JD Prod - France 2 Cinema
そんな心の動きに寄り添うようなメロディー。50年経っても音楽の付け方にはブレがない。すごいなルルーシュ、すごいなレイ、と改めて思う。
ニューデリー~ムンバイ~ケーララと移動するインドの風景が心象を移す鏡になっており、実在の「生き神様」アンマの登場がストーリーの行方を解くカギになっている。
実際の儀式を背景に行われた撮影。劇中の2人はもちろん、1人1人がアンマに悩みを打ち明け、ふくよかな胸に顔を埋めていく様子は出来のいいドキュメンタリーだ。抱擁後の人々の笑みは一様に心の底から込み上げたものだ。災いを霧散させるといわれるアンマの抱擁はあらゆる人に恍惚(こうこつ)の表情をもたらす。試写室の暗がりであの胸に抱かれたいと思ったのは私だけではないだろう。【相原斎】



