30日公開の「日泰食堂」は、香港の離島、長洲にある食堂の日々を映している。近年の香港社会の激動やコロナ禍はこの小さな食堂にも少なからず波風を立てるが、それでも、うらやましいようなご近所付き合いに揺るぎはなく、日々の営みは続いていく。故郷の島で初の長編ドキュメンタリーを撮ったフランキー・シン監督(37)に聞いた。

長洲は香港島から南西に船で30分のところにある。漁村として知られ、眺めのいい日泰食堂はビール片手にマージャンやトランプに興じる人々でにぎわっている。

映画は3人の人物にスポットを当てる。監督の幼なじみで店の常連、理想主義者のフェイメイ、彼女より40歳上のオーナー、ジョンさん、店を手伝うピンおばさんだ。

中国に返還されて以来、市民運動が弾圧されることを快く思わないフェイメイは、保守的なジョンさんとしばしば口論になるが、タメ口の友好関係に変わりはない。多くの仕事を掛け持ちするピンさんは手際良く客あしらいをし、ジョンさんのイカ焼きを手助けすると、いつの間にかいなくなる。コロナ禍で客足が遠のいても、この店には不思議に悲壮感がない。

-上映が終わっても、ずっとあの食堂を見ていたいと思いました。居心地のいい、温かい映画ですね。この作品を撮ったいきさつを教えてください

シン監督 日滞食堂は10代の頃からよく訪れた場所です。20歳で台湾に留学し、十数年ぶりに大学の友人を連れて戻った時、その友人が食堂の様子を見て「ここは特別な場所だ。絶対に映像に残した方がいい」と言ったのが大きかったと思います。改めて故郷の島に向き合ってみると、漁村から徐々に観光地に変化していたし、18年に撮り始めてからは(香港の安全維持法を巡る)激動やコロナ禍の波紋もありました。人々はどう変わっていくのか、そんな興味でカメラを回し続けました。

-撮影期間は。

監督 18年の7月30日からちょうど5年間です。編集に1年掛かりました。実際に映画で使ったのはその1%くらいです。

-香港政治の激動やコロナ禍でも、変わらない人々の絆がこの映画の魅力だと思いますが、日泰食堂の周囲は5年間でずいぶん変化したのではないでしょうか。

監督 食堂の辺りは観光の絶景スポットでもあるので、このエリアの店は内装がきれいになったり、どんどん変わっています。古いスタイルのままなのは日泰食堂だけですね。島の周囲に浮かんでいる漁船の数も年々減っています。変わらない食堂を通して、逆に周囲の変化が見える構図になっているんですね。

-日ごろから、本音むきだしで話していることもあって、フェイメイとジョンさんのケンカもどこかほほ笑ましい感じがしました

監督 本当はもっと激しいのもありました。実は私もカメラを置いて、フェイメイと一緒にジョンさんとやりあったこともありましたから(笑い)。最後はみんなで泣きだすくらい激しかったんです。でも、そんな場面はこの作品にふさわしくない気がしました。長洲の人たちにとっては激しいやりとりもより深くコミュニケーションをとるための一種の方法なんです。山形ドキュメンタリー映画祭に参加した時に感じたのですが、日本の人たちは相手を気遣ってやんわりと言いますよね。それに比べると長洲の人たちはストレートで、日本の人が聞いたら失礼に感じるでしょう。

-フェイメイの言動が監督の思いを代弁しているように思いました

監督 彼女が劇中で言った「ある場所に長く居れば、魂の一部はそこに残っていくものよ」は、この映画を編集する上で指針のようなものになりました。ものごとが変わっていくことはどうしようもなくて、私たちは無力感を覚えます。日泰食堂もいつか無くなってしまうでしょう。でも人間同士のつながり、思いはきっとなくならないだろう、と。

-映画監督を目指したきっかけを教えてください

監督 そもそも監督になろうという気はいっさいなかったんです。この映画を完成させてからも監督としての自信はありません。釜山映画祭で上映された時、私のまさに個人的な観点で撮ったものに共感してくれる人がいることを知り、続けてもいいかな、という気持ちが芽生えたというのが本当のところです。映像に関わるようになったきっかけは、まだ香港の大学にいた頃にビジュアルアーツという課目があり、祖母の映像を撮ったことですね。その祖母を突然失った時、移ろう世の中を実感し、残った映像の意義をかみしめました。台湾の芸術大学に移ってからは自然と映像を専攻するようになりました。進路を決めることを含め、何事も時間をかけてゆっくりと考えるところは、あの故郷の空気の影響かもしれませんね。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆フランキー・シン 1989年2月16日香港・長洲生まれ。台湾芸術大学卒。初の長編ドキュメンタリーとなった今作は韓国・釜山映画祭で最優秀長編ドキュメンタリー賞を得ている。

撮影中のフランキー・シン監督
撮影中のフランキー・シン監督