海洋冒険家の堀江謙一さん(88)が先日、兵庫県西宮市のヨットハーバーで記者会見し、来春、ヨットによる単独無寄港の太平洋横断に挑むと表明しました。2022年には83歳で同横断の世界最高齢記録を樹立しており、今回は自身の記録更新を目指します。
「自然と対決するのではなく、自然の中に溶け込む」。海は、力ずくでねじ伏せる相手ではありません。風や波を読み、その懐に入り込むように進みます。堀江さんは自然と「対決」するのではなく、「融合」することを航海の基本に置いています。
米ハワイ方面からの航路では、貿易風と呼ばれる東風を利用します。帆が風をいっぱいにはらみ、ヨットが波を切って走り出す。それは何物にも代えがたい爽快な瞬間だといいます。海の上では風を味方につけ、最高のスピード感を楽しみます。
もっとも、陸上では少し事情が違うようです。最近は歩いていると、後ろから来た人に追い抜かれることが増えたといいます。それでも健康状態は良好です。特別な鍛錬や秘薬があるわけではありません。健康の秘訣(ひけつ)は「暴飲暴食を避けること」。実にシンプルで、肩に力が入っていません。
海では風に乗って疾走し、街では人に道を譲ります。その対照が印象的です。大切なのは、誰かより速く進むことではありません。自分の体と自然の声を聞きながら、自分のペースで歩みを止めないことなのでしょう。
堀江さんが繰り返したのは、挑戦しなければ「さびてしまう」という言葉でした。何もせずにいれば、心も体も少しずつ動きを失っていきます。だからこそ節目ごとに目標をつくり、そこへ向かって日々を重ねます。年齢を重ねるほど1年は早く、時間の有限さを強く感じるといいます。
航海に臨む心境を、堀江さんは漫画「あしたのジョー」に重ねました。悔いを残さないよう、できることにベストを尽くす。「完全燃焼」は、今回も変わらないテーマです。胸の内では、挑戦に向けた「マグマがふつふつと湧いてくる」といいます。
自然に逆らわず、年齢にもあらがいません。それでも挑戦はやめません。人には抜かれても、風には軽やかに乗ります。88歳の冒険家の姿は、人生100年時代をしなやかに進むための航海術を教えてくれます。
「次は100歳まで、あと1、2回はやらなければ」。来春の太平洋へ向け、堀江さんは意欲を示しました。目指すのは記録の更新だけではありません。自分自身をさびつかせず、最後まで燃え尽きるための新たな航海が始まろうとしています。【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)




