女優、タレントとして幅広く活躍した中村メイコさん(本名・神津五月=こうづ・さつき)が12月31日に肺塞栓(そくせん)症で亡くなったと7日、所属するホリプロが発表した。89歳だった。既に親族での密葬を済ませており、後日、お別れの会を執り行う予定だという。
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最後に取材したのは「美空ひばり記念館」のオープニングだから9年前になる。ゆかりの人として来館したメイコさんは新婚の頃、ひばりさんが自宅を訪れた秘話を明かしてくれた。
「お母さまから『ひばりに普通の生活をみせてやってほしい』と頼まれ、泊まることになったら、ひばりちゃんは『私の位置はいつもセンターだから』と、ダブルベッドの真ん中で寝てしまったんですよ」
昭和の歌姫をごく自然にちゃん付けで呼ぶ人を他に知らない。2歳の時に映画出演。3歳下のひばりよりデビューは10年早かった。子役時代から口が立ち、16歳の時にはアルバイト先の雑誌社で10歳上の作家・吉行淳之介氏に熱烈な恋心を抱くなど、早熟を絵に描いたような人だった。
ともにテレビ草創期をけん引した黒柳徹子もNHK入りしたばかりの頃には、すでにスター然としたメイコさんに腰が引けたという。
NHK「連想ゲーム」(69年~)の赤組キャプテン時代には、くせ者だらけの出演者を当意即妙にさばく話術が心地よかった。
TBSラジオ「文化の泉 ラジオで語る昭和の文化」は一昨年の春まで続き、年齢を感じさせない軽やかな語りの端々に、明るかった戦後復興期や高度成長時代への思いもにじんだ。昭和の文化を語り継ぎたいという責任感だったに違いない。ひばりの葬儀では「もう親友は持たない」とまで思い詰めたが、その後の半生は早く逝った盟友の思いをずっと背負っていたように思う。【相原斎】



