ダチョウ倶楽部の40周年記念イベント「ダチョウ倶楽部40周年感謝祭 みんな仲良く くるりんパーティー!~来るなよ、来るなよ、絶対来てヨォぉぉ~」(5月25日、東京国際フォーラム)を取材した。

同イベントのMCは、同じ事務所の有吉弘行(51)劇団ひとり(49)野呂佳代(42)が担当。上島竜兵さんを囲む会「竜兵会」のメンバーや爆笑問題、江頭2:50(60)、霜降り明星粗品(33)ら他事務所メンバーや純烈がゲスト出演した。

また、結成のきっかけとなった渡辺正行(70)、93年新語・流行語大賞の大衆部門で銀賞を獲得した「聞いてないよぉ!」をやり続けるように押し、「熱々おでん芸」を伝承した片岡鶴太郎(71)、そして笑福亭鶴瓶(74)のレジェンドクラスも出演となった。

さらに会場には来られなかったものの、明石家さんま(70)所ジョージ(71)に加え、秋元康氏(68)、氣志團、THE ALFEE、DREAM COME TRUE中村正人(67)らがVTRメッセージを寄せた。ダチョウ倶楽部のブレークのきっかけとなった「お笑いウルトラクイズ」のビートたけし(79)こそ駆けつけなかったが、そこは松村邦洋(58)がモノマネでフォロー。会場では高木ブー(93)松本明子(60)らの観覧情報もありという、ダチョウ倶楽部がどれだけ愛されているかを、身をもって知る2時間となった。

イベントの2時間は、もう笑いっぱなし。実はイベント中に原稿の締め切りがあったのだが、芸能記者生活約10年間で初めて、原稿を落としそうになった。笑いすぎて全く原稿作業に集中できなかったのだ。

誰もが知るギャグの数々がどう生まれたのか。同イベント前日に掲載した本紙「日曜日のヒーロー」の取材時、肥後克広(63)は「ギャグ会議」の存在を明かした。「最初は適当に言っていたけど、みんなが期待しているならちゃんと作ろうとなった」。3人組だったダチョウ倶楽部は、テレビ局の楽屋は会議室が多く、そこにあったホワイトボードに列記していたという。「あれが畳の部屋だったら弁当食って、寝て終わっていた」。

寺門ジモン(63)は「今だから言えるけど」と前置きしつつ「リアクション芸で呼ばれた現場で、つまんないギャグも試せた」といい「結構な露出があったから、見る回数も増えるんです。だから、流行語とかも生まれやすかったのかもしれない」と振り返った。

その根底には鶴太郎の「やり続けろ」という言葉があった。寺門は「ワインみたいにできたてもおいしいけど、熟成してどうなるかというのは、後にならないと分からない。それが若い時は分からなかった」。

元々「やぁ!」は、「オールナイトフジ」で、カメラマンが出演者に向けて左右に振る際のポーズだった。「それを別の現場でもやり続けたら、ギャグではなかったものもギャグになった」。

ダチョウ倶楽部が生み出したギャグの数々は、決して偶然の産物ではない。その裏には、そんな事情があった。だが、当然それは表には見せない。それが“ダチョウ倶楽部の美学”なのかもしれない。

同イベントのチラシには上島竜兵さんも描かれている。肥後の「今日は2人で立っているけど、皆さんにも見えてるでしょう。もう1人」という言葉に、思わず泣きそうになった。【川田和博】