「今日でお別れ」「知りたくないの」などで知られる歌手菅原洋一さんが5月31日午前9時26分、悪性リンパ腫のため、都内の病院で死去した。日本歌手協会が6月2日、発表した。92歳だった。本人、遺族の希望により、1日に家族葬を執り行った。お別れの会は予定していない。

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菅原さんは5月の連休中に、誤嚥(ごえん)で入院した。治療を受けている最中に、血液のがんの一種の悪性リンパ腫と分かった。

タンゴ、カンツォーネ、ジャズ、流行歌と幅広いジャンルを歌った。

多感な中学時代、実母が菅原さんを産んですぐに亡くなったことを、おばから聞かされた。母と思っていた女性は後妻だった。

悲しさで頭が真っ白になっていた時に、ラジオから流れてきたのが切ないメロディーのアルゼンチン・タンゴ「黄昏」だった。

実母は「歌がうまかった」とも聞かされた。タンゴとの出会いが、菅原さんの人生を決めた。

タンゴ歌手としてデビューした。「知りたくないの」(67年)がヒットし、「今日でお別れ」(70年)で第12回日本レコード大賞を受賞した。

菅原さんは記者の取材に、当時を振り返り「若いころは声も出たし、いい声と言われました。コンサートも満員で『俺だ、俺だ!』でしたよ(笑い)。でも時代が移り変わって、それは周りの推薦があったからと思った。運命はひらがなで書くと『さだめ』です。振り返ると、人との出会いなどさだめがあったから、今につながっていると感じます。今はすべてに感謝です」と話した。

加齢とともに声帯はいや応なく衰える。

90歳を間近にして「声が出づらくなっても伝える方法はあるはずです。声帯はクラリネットなどのリード楽器(薄片を振動させて音源とする楽器)と同じで、息の出方が大事だと考えました。言霊(言葉に宿る不思議な力)という言葉があります。今までは声を聴かそうとしていましたが、声ではなく言葉を大切に伝えようと考えました」と話した。

すると、今まで以上に「聴きたい」と言われることが多くなった。

菅原さんは「言葉で心を伝えたい。今は生きがいがそこにあります。年を取るのも悪くはないなと感じています」と話した。

若いころは病弱だったが、腹式呼吸で歌い続けたことが良かったという。「一病息災(1つ持病があった方が健康に気を付けて長生きするの意味)で、のんびり、楽に生きるくらいの気持ちが大切です」。

6月24日に顧問を務める日本歌手協会主催の「夏まつり 唄まつり 2026」に、出演するつもりだった。歌唱曲は「わが人生に悔いなし」(石原裕次郎)と、デュエット曲「アマン」(相手は伍代夏子)の予定だった。

同協会の合田道人理事長が1週間前に見舞いに行った。寝ていた。合田氏が「先生、出番ですよ」と呼び掛けた。菅原さんは「ハイ!」と返事した。最後まで生涯現役を貫く、張りのある返事だったという。【笹森文彦】