G1・5勝馬ドウデュース(牡5、友道)が、有馬記念(G1、芝2500メートル、22日=中山)でラストランに挑む。
所有するキーファーズの松島正昭代表(66)が、長年の友人でもある武豊騎手(55)と愛馬への思いを語り尽くした。ロングインタビューを前編、中編、後編の3回に分けてお届けする。【取材・構成=太田尚樹、奥田隼人】
<キーファーズ松島正昭代表インタビュー=中編>
-3歳秋には凱旋門賞にも挑戦しました
フランスへ行ったことに全然後悔はないんですけど、もし行かなかったら、どうなってたでしょうね。(同世代の)イクイノックスはすごい馬でしたけど、もしかしたら…。それでも、あれ(フランス遠征)があったから今があるわけですから。結果論ですけどね。あの時にフランスへ行かないという選択肢はなかったです。でも、飛行機でヨーロッパへ行こうと思ったら、馬もしんどいですよね。人間でもしんどいのに…。
(凱旋門賞当日はレース直前から大雨が降って)新品のスーツを着て行ったのにビショビショになって、えらいことになりましたわ。娘や妻も着物を着てたので大変でした。(19着の結果は)ショックでしたわ…。「そんなにうまいこといかんな」と思いました。フランスとかドバイは鬼門ですね(笑い)。
-同期のイクイノックスの存在は
あんまりライバル視はしてなかったです。キャラも違うでしょう。イクイノックスは完全に強かったですけど、ドウデュースはぼけてておもろい感じ。ちょっとぼけすぎですけど(笑い)。武くんも、あれだけ気に入って、ずっとかわいがってくれてます。よっぽどなんでしょうね。
-そのイクイノックスとの対決が注目された昨年の天皇賞・秋では、当日に武豊騎手が右太ももの負傷(筋挫傷)で乗り替わるアクシデントがありました
日本中が「どっちが強いねん」って盛り上がってる時に…。あんなことになってビックリしました。(昼に)食事をしてたら友道先生から電話がかかってきて「えらいことです」と。正直、その時点で勝てないと思いましたね。「もうあかん」と。
次の日は(武豊騎手が)歩けなくて、新幹線にも乗れないので、東京から車で帰ってきました。(患部を)見ましたけど、ひどかったですね。
そこから「ジャパンCには間に合わせよう」となって回復を待ったんですけど、前の週の土曜日に病院で先生に診てもらった時に電話がかかってきて、無理やとなりました。「選手生命に関わる」と言われたらしいです。あの時が一番大変でした。それで「有馬記念にかけよう」となりました。
-当時の武豊騎手の様子はいかがでしたか
やっぱり悔しかったでしょうね。イクイノックスとの対決で盛り上がってて「こんな時になんで、けがしたんやろ」って。
こちらは責任も感じてました。蹴ったのがウチの馬(同じグループのインゼルレーシングの所有馬)でしたから。
-その有馬記念の前週に復帰できました
ギリギリでしたから。よく乗れたと思います。去年の有馬記念は(レースそのものより)武くんが心配でした。ゴールした時は「勝った」よりも心配の方が大きかったですね。(武豊騎手の無事も確認して)ほんまに「よかった」と思いました。ホッとしましたし。
-それまでの経緯があっただけに、喜びもひとしおだったのでは
けがをして勝てなくて、有馬記念で復活。あんなのドラマですよね。有馬記念も痛い中を勝ったんですから。あれで、みんな全部が吹っ切れました。「さすがや」と思いました。「痛かった」とは言ってました。それだけの重傷だったということです。膝だったらアウトでした。今、もう乗れてないでしょう。それほどひどかった。
でも、そういうのがあって今がありますからね。面白いですよ。今年は、そこからの続きですから。ただ、けがばっかりは心配でした。今年の天皇賞の当日も(午前中のレースで騎乗馬が)ゲートの上から出ようとして、めっちゃ怖かったです。
-いよいよラストランになります
最初に3連勝して、そこから負けて負けて勝って、負けて負けて勝って、負けて負けて勝って…。それで3連勝で終わったら、すごくないですか? (つづく)

