あきらめない-。日仏重賞4勝馬ディープボンドをはじめ、栗東・大久保龍志厩舎で数々の活躍馬を手がけてきた谷口辰夫調教助手(46)は今、若くしてステージ4の肝内胆管がんと闘っている。その心の支えとしているのが、懸命に走り続けた元相棒だ。今回の「ケイバラプソディー」では、同い年の太田尚樹記者が胸中を聞き、エールを送った。
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言葉を失い、口が動かなかった。20年以上の記者生活で経験のない“依頼”だったからだ。
「僕が死んだら、太田さんが僕のことを発信してもらえませんか?」
声の主は、僕と同い年の谷口助手だった。大久保厩舎で調教専門の「攻め専」として数々の活躍馬を手がけてきた。ざっくばらんなナイスガイ。特に名を上げたのがディープボンドだ。仏G2フォワ賞を制し、天皇賞・春では3年連続の2着。「頑張り屋のプボくん」として人気も集めた。
それは昨年6月。馬に携わる職業を紹介するJRA「UMAJOB」のインタビュー動画に協力してもらった時だった。内容はやりがいや苦労などを話すもの。当時は通院中と聞いていたが、けがが日常茶飯事の業界だけに、きっと外傷だと勝手に思い込んでいた。だから、取材後に世間話のように体調をたずねた。
返ってきたのは、思いもよらない答えだった。
「太田さんに取材されるのは、これが最後かもしれないです。この取材も受けるかどうか迷ったんですけど、娘に『パパはこんな仕事をしてたんだよ』って何か残せたらと思って」
病名は肝内胆管がん。ステージ4だった。すでに手術はできず、頭部や骨にも転移が見つかった。
「何のために働いてるのかなって…。一番の心配は嫁さんと子供。考えても仕方ないのに考えてしまう」
つらい胸の内を明かした。それでも涙はなかった。もちろん家族で泣き続けた日々もあったという。だが、僕が弱音を耳にしたのは、この時だけ。それから何度か会っているが、いつも笑顔で、つい気を使うのを忘れてしまうほどだ。
そして「発信」の時を迎えた。ただ、冒頭の“依頼”とは違う形になった。
谷口助手は今も生きて闘っている。かつての相棒と自分を重ね合わせながら。
「ディープボンドは人生を変えてくれた馬。最後まであきらめない、その姿勢が一番印象に残ってます。(主戦騎手だった)和田さんからも『あきらめないでほしい。何が何でも家族のために生きろ』と励まされて、本当に感謝してます」
保険診療では快方へ向かわず、一時は「これ以上は家族に迷惑をかけるだけ」とくじけかけた。だが、現在は新たな治療法にトライするため、クラウドファンディングも検討している。そう、あきらめていない。だから、これからも許されるなら、取材や発信を続けさせてもらいたい。「これが最後」なんて言いたくないし、言わせたくない。
◆谷口辰夫(たにぐち・たつお)1979年(昭54)11月26日、滋賀県生まれ。父の政行さんが厩務員だった縁もあり05年にトレセン入り。大久保正陽厩舎を経て大久保龍志厩舎へ。調教助手として、ディープボンドのほかにもウインプリメーラやグロリアムンディなどを手がける。昨夏に休職に入るまではダブルハートボンドの調教も担当していた。





