ガールズ2期生の矢野光世(32=福岡)が10年の現役生活に終止符を打った。3月6日の高知2日目が事実上のラストランとなった。
レーススタイルはシンプルで、行けるか行けないかの自力一本。はまらなければ大敗というシーンも多かったが、主導権を握れば、後続のもつれを誘って逃げ切りで高配当をたびたび演出する魅力的な選手だった。「デビュー当時は自在なレースができたんですよ。でも目の前で落車が続いて、次こそは自分が落ちるんじゃないかとレースが怖くなりました」。
元々が、人一倍ビビりで思い込みが激しい性格。「救急車で自分が運ばれてるところまで想像してしまって…。それからですね。自力になったのは」。
ところが、この戦法が合っていた。「人の呼吸に合わせなくていいし、逃げ切った時は爽快感が得られました。仮に駄目でも、前に出れば、自分のレースはしたと納得できましたから。福井で梅川(風子)から逃げ切ったり、伊東で太田りゆを不発にしたのは、いい思い出です」。矢野にとっての先行は、競輪選手である自分の意義を認められる手段だったのだ。
小林優香、児玉碧衣ら、数多くのガールズスターを輩出している藤田剣次一門に在籍したが、妹弟子たちと切磋琢磨するというよりは、練習は隠れて1人でやるタイプだった。「意外かもしれませんけど、苦しい練習は好きでした。ワットバイクでもがいた後、山に登ってタイムを計っていました」。それが先行で粘れる足の礎となっていた。
そんな矢野を20年の秋に病魔が襲う。腎臓周りが炎症を起こして手術。入退院を繰り返した。「腎臓の病気をして長く休んでからは、なかなか戦う気持ちになれず、レースに行くのが嫌で仕方なかった。辞めようか、続けようか何度も葛藤がありました」。
今年3月の高知を最後に長期欠場に入ったが、復帰はするつもりでいた。岐阜に出稽古に出向き、仲のいい猪子真実や小坂知子らと練習もしていた。しかし、いざ復帰となると、心と体が拒絶してしまった。「全国に友達ができて、大好きな自転車を仕事にできたことは感謝しかありません。腐っても私はプロ。中途半端な気持ちでレースに臨むのは迷惑をかけてしまうと思い、8月に引退を決めました」。
温和な人柄で、大の酒好き。どこに行っても飲み友達には事欠かなかった。同期の猪子真実は「誰からも好かれる妹みたいな存在ですね。ほっとけないというか。お酒大好きで、全国に飲み仲間がいて、特におじさん選手から人気がありました(笑い)。優しい性格だから、自転車は好きだけど競輪は向いてなかったのかも」と、どこか引退の決断に安心したようだった。
矢野は9月に長崎県に転居し、2年半交際していた同い年の僧侶と結婚。現在は、長崎県で400年の伝統を持つ「波佐見焼」にのめり込み、お皿を焼く毎日。勝負の世界とはかけ離れた生活を送っている。【松井律】
矢野光世(32)日本競輪学校(現選手養成所)104期生。13年5月デビュー。通算成績672走、1着64回、2着75回、3着75回。生涯獲得賞金5588万2900円。


























