サカバカ日誌

いわきFC「夢に向かって」被災地の子の肥満も改善

2019年、Jリーグを皮切りに新たなサッカーシーズンが始まった。今季から東北1部リーグを戦う、いわきFC(福島)の動向に注目している。

「WALK TO THE DREAM」

掲げるチームスローガン同様、夢に向かって走り続けているチームである。米国スポーツウェアの人気ブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店ドーム社が、2015年末、東日本大震災からの復興を目指すいわき市に創設した。17年の天皇杯では福島県1部リーグに所属するJ1から数えて「7部」ながら、2回戦でJ1の北海道コンサドーレ札幌を延長戦の末に5-2と破り、ジャイアント・キリングを達成。その存在を一躍、世間に知らしめた。

体のラインが強調される体にフィットしたユニホーム、ムキムキに鍛え上げられた肉体を武器に果敢に戦う姿が印象的だった。現代社会でクローズアップされるデジタルソリューション(組織や企業が抱える問題をITシステムやビジネスモデルで解決する方法)も一つの武器にし、合理的な観点から世界基準のチームづくりが進められている。1993年のJリーグ創設から25年が過ぎ、全国津々浦々にさまざまなクラブが誕生したが、その中でも異彩を放っている。

いわきFCとは? そもそもどういう成り立ちで、何を目指しているのか? そこで4年目のシーズンを迎えるにあたり、チームを運営する株式会社いわきスポーツクラブ社長でいわきFC総監督の大倉智さん(49)をたずね、話を聞いた。

インタビューに答えるいわきFCの大倉社長(撮影・丹羽敏通)
インタビューに答えるいわきFCの大倉社長(撮影・丹羽敏通)

■フィジカルスタンダード

フィジカル改造、それを支える食事と医療、IT技術を生かした分析。アマチュアカテゴリーにありながら、いわきFCは多角的な面からチームづくりを行っている。

「まずフィジカルスタンダードを変えようという言葉を置いています。ヨーロッパに行く選手たちが口々に言う『もっと厳しい環境でやりたい』って、25年もたったJリーグで今もなお全く変わらない。どう考えても体つきが違うよねって。世界の主流としてフィジカルスタンダードが高く展開の速いより攻撃的なスタイルになっているし、そのほうがやっぱり見ていておもしろい。ラグビー選手のように屈強な男たちが90分間止まらないで、バチバチ体をぶつけながら、時に高い技術も見せ、前に前にボールを運ぶアグレッシブなサッカーが繰り広げられていく。興行という視点で、お客様がワクワクするようなサッカーって何って考えたとき、我々は非日常空間を提供しなければならない。体が大きい選手たちが体をぶつけ合ったりものすごいスピードでゴールに迫って行ったりするのを目の前で見ると興奮するし、何かパワーがみなぎってくる感じがする。体を強くすることで倒れないとか止まらないとか、すべてがつながっていくし、それが興行の本質だと思う」

いわきFCを語る上で、先に大倉さんについて触れておかねばならない。FWとして柏レイソル、ジュビロ磐田などでプレーした元Jリーガー。現役引退後は指導者にはならず、海外留学を経てセレッソ大阪、湘南ベルマーレで強化部長、ゼネラルマネジャー、そして湘南では代表取締役社長まで務めた。だが、Jクラブ社長という地位を辞して、転じたのがいわきFCだった。

「ベルマーレが嫌だとかそういう話ではなくて、きっかけはドーム社の安田(秀一氏、代表取締役CEO)との再会。震災があって、復興とか、そもそもプロスポーツってどうあるべきかという思いがあって、街に夢や希望を与えられるような世界基準のチームづくりをしたいと思った。日本のフィジカルスタンダードを変える。それはゼロからのチームづくりだからできるよねって、置いた大きなコンセプトです」

湘南でクラブ運営に関わり11年を過ごした。15年シーズンにJ1に残留できたことで、一つやり終えた思いもあった。時を同じくしてドーム社の安田氏と交流する中、新たな道筋が見えた。

いわきFCの大倉社長(撮影・丹羽敏通)
いわきFCの大倉社長(撮影・丹羽敏通)

■復興支援の物流倉庫

「スポーツ文化の醸成、理念、そもそもこうあるべきという概念的なことを発信している会社で、おもしろい人材がたくさんいるんですよね。彼らと付き合う中で、自分がまだまだ知らない世界が多すぎるなって思った。サッカーっていうスポーツがもたらすスポーツビジネスの本質というか。今まで僕が現役時代にいろいろ感じ、スペインに行って勉強して、Jに入って仕事させていただいて、どっぷり勝った負けたの世界に入って忘れていたものが、何となく思い出された」

最初は雑談レベルだった。だがドーム社はいわき市に復興支援のための物流倉庫をつくった。「倉庫を見てよ」と言われ、何度かいわきに足を運んでみた。湘南時代から被災地に物を運んでいたが、その景色を見てあらたな感慨が浮かんだ。

「いわきってこんなふうになっていくんだ、みたいな。本当の復興というかスポーツが社会にもたらす価値みたいなものが本当に大事だなって。自分はなんかJリーグの中だけでやっていて、全然周りが見えていなかったと思った。そんな中でチームをつくろうよって話の中でどんどんワクワクしてきちゃったんでしょうね。それで、いわきFCを立ち上げようと決めた」

15年12月にチームを立ち上げ、16年の県2部リーグからスタート。先行きの見えない中、1人、2人とファンが練習場に現れるようになった。観客のいなかった試合にある日突然、太鼓を持ったサポーターが登場した。17年6月には物流倉庫のある場所に、人工芝のサッカーグラウンドやクラブハウスを構えた「いわきFCパーク」が誕生。人が集まる場所ができ、ここから一気に風向きが変わった。

物流倉庫は350人ほどの雇用を生んだ。その働き手の約9割はいわき市民。復興への最初の寄与である。市民に認知され、シンボルとなったクラブ。現在は試合をすれば3000~4000人が集まり、イベントとなれば1日5000人が集まるクラブへと成長した。

クラブは未来につながる種まきとして、一つの取り組みを打ち出した。放射線への不安による影響などで、福島県の子供たちの肥満度の高さが問題となっていることに着目。そこでスポーツ教室「いわきスポーツアスレチック・アカデミー」を開校した。

「震災後外で遊ぶ機会が減った子供たちに、フィールドを開放してサッカーではなく無料でスポーツ教室をやるという活動。2017年が2000人ぐらいで、去年が6000人くらいの子供たちと触れ合っています。去年からは選手がコーチングを学んで、近隣の幼稚園や保育園にも出向いて同じようなことを行う活動を始めました。学校の成績が上がったとか、よく食べて寝るようになったとか。この間のスポーツ庁のテストで出ていたのですが、少し浜通りも(肥満度が)改善された。いわきの子が中心ですけど、少しは地域の課題改善に寄与したのかなって思います。これはやり続けたいですよね。すでに手応えはありますけど、でもまだ道半ばかな」

そこにビジネスモデルはない。地域貢献、未来への投資という観点からの無償化であり、ドーム社の理念に基づいた行動だった。

サッカーグラウンドやクラブハウスのほか、商業施設も併設されているいわきFCの施設
サッカーグラウンドやクラブハウスのほか、商業施設も併設されているいわきFCの施設

■ワクワク感を創出

いわきFCは新興クラブが掲げる将来のJリーグ入りをうたっていない。掲げているのは「日本一のチームビルディング」の言葉だ。その狙いとは何か?

「Jリーグを目指す、目指さないということでなくて、常にグルーバルスタンダードで考えて仕事しようということ、そしてワクワク感を創出するというのを我々の行動指針として置いている。何が言いたいかというと、今までそうだからとか、前例にとらわれるのではなく、何をするにしても『世界ってどうなっているんだろうな?』と、しっかりと勉強して今できることをやろうと。アメリカだったり、ヨーロッパだったりを見て、チームビルディングは当然だけど、本質はスポーツビジネスとはこうあるべきというものしっかりと置くということ。例えばファンをどう増やすのか? この世の中、スポーツとデジタルは切っても切り離せないので、デジタルソリューションを積極的に取り入れている。ストレングス(筋機能を高めるトレーニング)でも遺伝子検査結果をもとにしたトレーニングをやってみるとか。こういうのもすべてトライ・アンド・エラーです」

商業施設も併設する「いわきFCパーク」には、元サッカー日本代表の専属シェフを務めた西芳照氏の常設店舗もできた。「フードスタンダードを変えていこう」という取り組みからだ。また、ある企業と組んで睡眠を科学することにも着手している。これらはすべて、いわきFCが実践し、そのデータを発信していく。一サッカークラブからスポーツ界へ提言していく。大倉さんが考える多方面からの「世界基準」を意識したチームづくりだ。

「その課程で勝てばステージは(JFL、J3、J2と)上に上がっていくけど、本当にJリーグに行けばいいのか? というのはあります。いわき市がサッカーやイベントを通じて盛り上がり、その上でマネタイズ(収益化)できていれば、別にJリーグに行くことにこだわる必要もなくて、もしかすると違うリーグがあっても良いかも。もちろん、Jリーグに『100年構想ってどうやったら入れますか?』って聞きに行っている現実もありますが、常にそういう考えも持ちながら活動しています」

シーズン開幕に向けてトレーニングするいわきFCの選手たち
シーズン開幕に向けてトレーニングするいわきFCの選手たち

■スポーツビジネスの世界

米国企業アンダーアーマーの日本総代理店だけに、メジャーリーグサッカー(MLS)やプレミアリーグ所属のサウサンプトンなどとも提携。現地へも頻繁に足を運び、欧米事情をにらみながら、と同時に常に考えるのがスポーツビジネスの在り方だ。

「スポーツビジネスという言葉の持つ意味って、僕らがいつも置いているのは、人の願望とか、こうありたいという気持ちを刺激して、欲望を生んでマネタイズするということ。まさに自分がそうだなと思ったのが、ラグビーの早慶戦を秩父宮に見に行って。対抗戦だったかな。めちゃくちゃおもしろくて、帰りがけについ(ラグビーウエアブランドの)カンタベリーのお店にふらっと入った。この『うわっ』って興奮しちゃった感じと購買意欲みたいなのを結びつけるのが、スポーツビジネスじゃないかと。そのお金で、環境とか子供たちという次の世界をつくっていくというのがスポーツ産業化の簡単な事例だとするなら、そういうのをしっかり言葉にして伝えていくのは大事なことだと思います」

そんな未来型サッカークラブが迎える4年目のシーズン、そのコンセプトとは?

「言っても我々はサッカーチームが中心。サッカーという試合をお客さまに売っているから、その商品のコンセプトが『魂の息吹くフットボール』なので。今一度、現場がつくり出す90分間、止まらない、倒れないというコンセプトの魂のフットボールを、最先端のいろんなものを取り入れながら、さらに強化していく。誰が見ても、いわきFCのサッカーってこうだよねっていうのを、この1年でもう一度しっかりつくることが大事だし、そのためには勝つことも大事。なので今年は敢えて勝利への執念というテーマを置いた。結果はどうなるか分からないけど、そこをしっかり言葉にしてやっていく。そこを念頭に置いてスタートしているので楽しみです」

スポーツを通じて地域を活気づけ、豊かな社会の創生を目指す。そんな大義を強く打ち出し、さまざまな技術革新を導入し実践しているのが、いわきFCだろう。

あくまで「サッカーで」でなく「スポーツで」と、より大きな枠で定義し、確かなうねりを福島から創り出そうとしている。ビジネス風に言えば「顧客の共感を呼べるか」なのだろう。そんな異彩を放つクラブの挑戦には、興味が尽きない。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)

筋力トレーニングに余念がない選手たち
筋力トレーニングに余念がない選手たち
インタビューに答えるいわきFCの大倉社長(撮影・丹羽敏通)
インタビューに答えるいわきFCの大倉社長(撮影・丹羽敏通)

◆佐藤隆志(さとう・たかし) 1991年入社のサッカー大好き記者。年代・カテゴリーを問わず、サッカーの話題を書いていきます。2010年のサッカーW杯南アフリカ大会期間中、現地から連載した「サカバカ日誌」をリニューアル。日本代表やJリーグの陰に隠れがちなアマチュアリーグや大学、育成年代などドメスティックな話題を取り上げていきます。

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